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一か月前の手紙

(光言社『グラフ新天地』443号[2005年5月号]より)

作・うのまさし
画・小野塚雅子

 「お母さん、ごめんなさい。私ももうすぐお母さんになります。もし、許してもらえるなら、会いに来てください。4月3日 尚子」

 臨月を迎えた尚子が、ようやく手紙を書き終えました。
 一年前、尚子は、母親の保子に結婚を反対され、家を出ました。その後は連絡をしていません。

 保子は、数年前に夫と死別して以来、一人娘の尚子を育てました。夫のトラック運送業を引き継ぎ、家を留守にすることが多くなりました。
 尚子は、その寂しさに負け、若い結婚に走ったのです。


 尚子はポストの前で迷いました。

 「今さらこんな手紙を出して、お母さんは許してくれるかしら」

 保子と過ごした思い出がよみがえりました。

 「やさしかったお母さん、きっと許してもらえる…」

 そう思った瞬間、強い風が吹き、手紙がどこかに飛んでいってしまいました。

 「まだ怒っているに違いない」


 一か月後、尚子は出産しました。瞳(ひとみ)が輝いていたので、ヒトミと名付けました。
 育児を通して、尚子はあらためて母親の苦労を痛感しました。

 「お母さんの苦労も分からずに、飛び出してしまった。もう、許してくれないだろうな…」

 育児に追われるたびに、心傷めるのでした。


 ある夜、夫が仕事で帰れないという連絡が入り、尚子は心細くなりました。そのうえヒトミが泣きやみません。
 突然、玄関のドアをたたく音が響きました。近所の人が苦情を言いに来たのかと、恐る恐るドアを開けると、保子が立っていました。

 「お母さん! なぜ、ここが分かったの?」

 「手紙を読んだからだよ」

 保子が手に持っていたのは、あの手紙でした。

 「さっき、おまえとよく似た女性が落とし物を探しているところに、トラックで通りかかったんだ。暗いのでヘッドライトで照らしてあげたら、すぐに見つかったよ。子供のおしゃぶりを探していたんだ。すると、そのすぐそばに、私宛の手紙があるじゃないか」

 「一か月前に風で飛ばされたの。それで、お母さんがまだ怒っているんだと思って」

 「ばかだね。親は子供を許すものだよ。さあ、はやく孫を抱かせておくれ」

 「こうやってお母さんに会わせてくれたんだから、その人にお礼をしなくちゃね。近所の人かしら…名前、聞いた?」

 うれしそうに赤ちゃんを抱きながら、保子が答えました。

 「ああ、確かヒトミさんと言っていたよ」

 いつの間にか泣きやんだヒトミが、女性が持っていた同じおしゃぶりをくわえ、尚子に向かって微笑(ほほえ)みました。