愛の知恵袋 149
言ってよいこと、悪いこと

(APTF『真の家庭』270号[20214月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

親にことごとく反抗した青年

 70代のある男性とお話しした時のことです。その人は、今はきちんとした常識をわきまえた老人ですが、若い頃は不良仲間に入って相当荒れた生活をしていたそうです。

 30歳を過ぎた時、キリスト教の信仰を持つ会社の同僚に出会って、信仰の世界に触れることによって、やっと前向きに生きることができるようになったそうです。

 なぜ、あんなに親に反抗したのか…と、自分の心を辿っていくと、心の底に大きな傷跡があることに気が付いたそうです。それは生涯忘れることができない親の言葉でした。

 もともと両親は夫婦仲が悪く、幼少の頃から大声で衝突する場面を何度も見ていました。それが辛く悲しく、いつ母親がいなくなるかと不安におびえていました。

 子供心に何とか両親をつなげようと、わざと病気のふりをしたり、父親の機嫌を損ねないように気を使ったりしたそうです。

一生、胸に突き刺さった言葉

 中学になると、そんな両親を批判するようになり、親子喧嘩をするようになりました。ある日、喧嘩の最中、「だから、お前のようなろくでなしは生まれないほうが良かったんだ!」と言われ、激怒して父親につかみかかったそうです。

 それでも、母親だけはまだわかってくれていると思っていました。ところが、ある日、母親が冗談交じりに言ったのです。

 「あんな男と一緒になったのが失敗だったよ。子供はいらないと思っていたけど、できてしまったんだからしょうがないよね」

 それを聞いた時、「母だけは違う」と信じていた彼の一縷の望みがガラガラと崩れ落ちました。

 「自分は両親に望まれて生まれたのではなかったんだ。生まれてくるべきじゃなかったんだ」……怒り、悲しみ、絶望感。

 それからは荒れに荒れて、ことごとく親に反抗したそうです。学校をやめ、家を飛び出し、職場を転々としました。30歳を過ぎて信仰の世界に触れて、やっと両親を許そうと思うことができるようになったそうです。しかし、「70歳を過ぎた今でも、心のどこかにその悲しみが残っているんですよ」と語る彼の眼には涙がにじんでいました。

親が冗談でも口にしてはいけないこと

 世の中では「言っていいことと悪いことがある」と言われますが、中でも、家族間において、たとえ冗談でも決して言ってはいけない言葉があります。

 それは、子供の存在を根底から否定するような言葉です。

 「あんたを産んで損したわ」「実はもう3人いたから、あんたは産む予定じゃなかったんだよ」「お前みたいなやつは、生まれてこないほうが良かったんだ」

 このような言葉は、子供の全人格を破壊してしまうほどの影響力があります。言ったほうは冗談のつもりでも、聞いたほうは一生涯忘れることができません。

 私たちが苦労の多い世の中でも前向きに生きていけるのは、「自分は親から期待されて生まれてきた」「両親にとっては、大事な存在なんだ」と思えるからです。「私は両親から愛され、信頼され、期待されている」という確信が、私に生きる力を与え、心の支えになっているのです。

 「自分は誰からも愛されていない」「期待されてもいない」…と感じると、人は生きる意欲を失い、自殺すら考えるのです。

 ですから、子供に言ってあげましょう。

 「あなたが生まれてきた時、本当に嬉しかったよ」「あなたが生まれてくれて、お父さんとお母さんは生き甲斐ができたんだよ」「あなたは私たちの宝物」「あなたがいてくれるだけで、父さんも母さんも幸せだよ」

夫婦間でも、言ってはいけないこと

 実は、夫婦間でも同じことが言えます。夫も妻も生まれつきの性格が違い、育った環境も全く違います。そんな男女が結婚して一緒に暮らすのですから、「理解できない」「いやな性格」「赦せない」「こんなはずじゃなかった」と思うようなことが次々に起こります。そして、相手をこき下ろしたり、非難したりしたくなることもあります。

 しかし、たとえ冗談でも、「ほんとはあなたと結婚するつもりじゃなかったんだ」「仕方なく結婚しただけ」「選択に失敗した」「あなたとの結婚は人生最大の失策」「あなたには何も期待していない」「だったら離婚してもいいよ」…等の言葉は、相手の存在と結婚そのものを否定することになり、聞いたほうは深く傷つきます。

 だから逆に、心を広く持って、「あなたと結婚して良かった!」「後悔なんかしていないよ」「あなたは私にとって一番大切な人」「私はラッキー」「これから頑張って、もっと幸せになろうね」と言ってあげましょう。

オリジナルサイトで読む

 次回の配信は5月7日です。