幸福学と宗教的な生き方 11
カーネギーの両親から学ぶ「信仰の力」

魚谷 俊輔

 本シリーズでは、日本における幸福学の第一人者である前野隆司(まえの・たかし)氏が著書『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書、2013年)で述べていることを理論的な枠組みとして用いています。

 デール・カーネギーは著書『道は開ける』の第19章で、悩みを克服する上での信仰の力や祈りの価値を説いているが、そのタイトルが「私の両親はいかにして悩みを克服したか」であることからも分かるとおり、カーネギーはそれを両親から学んだようだ。
 彼は本章で、自身の両親が極限の苦境の中でどのように悩みを克服したかを、個人的な家族の物語として詳しく語っている。

 カーネギーの両親は、ミズーリ州の貧しい農場で暮らしていた。母は田舎の学校教師、父は月給12ドルの農場労働者だった。10年以上にわたる懸命な労働の末、家族は無一文になり、重い借金を抱え、農場は抵当に入っていた。銀行は利子の支払いを求め、父を罵倒し、抵当権を実行すると脅した。

 父は47歳の時、30年以上働いた結果が借金と屈辱だけだったことに耐えきれず、深刻に悩み始めた。健康を害し、食欲を失い、体重が減り、医者は「この分だと半年は持つまい」と母に告げた。
 父は生きる希望を失い、母は父が納屋で自殺するのではないかと恐れていた。

 ある日、銀行から最終的な脅しを受けた父は、帰り道の橋の上で馬車を止め、長い時間川面を見つめながら「ここで飛び込んで終わりにしようか」と自殺を考えた。
 しかし父は、後年カーネギーに、その瞬間踏みとどまった唯一の理由を明かす。

 それは、母の「神を愛し、その戒めを守れば、全てはうまくいく」という深く揺るぎない、喜びに満ちた信念だった。
 母は「全ては神の御心(みこころ)のまま」と信じ、決して悩まなかった。どんな苦難も、神に祈り託すことで心の平安を保ったのである。

 母の日常の習慣が、家族の支えとなった。
 毎晩就寝前に、母は聖書の中のイエスの言葉「わたしの父の家にはすまいがたくさんある。…あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。…わたしのおる所に、あなたがたもおらせるためである」(ヨハネによる福音書 第14章2~3節)を繰り返し読んだ。

 その後、家族全員がミズーリの孤独な農家の椅子にひざまずき、神の愛と守りを祈った。
 この祈りの時間と母の変わらぬ信仰が、父の心を静め、家族を結び付けたのである。

 結果として、母の信念は正しかった。全てはうまく運び、父はその後42年間を幸せに生き、1941年に89歳で亡くなった。
 長年にわたる苦闘と心痛のさなか、母は一度も悩まなかった。彼女は全ての心配事を神に委ね、聖書と祈りを家族の日課として実践したのである。

 カーネギーはこの体験を振り返り、ハーバード大学の哲学教授ウィリアム・ジェームズの「悩みに対する最大の良薬は宗教的信仰である」という言葉を引用する。

 信仰は単なる慰めではなく、人生に新しい活気、希望、勇気を与え、より豊かで満足のいく人生をもたらすと彼は述べている。
 暗闇の時間は一瞬に過ぎず、その先に未来が開ける。信仰というよりどころを失うことは、精神的な破滅を意味する。これが本章の核心メッセージである。

 このように、カーネギーは両親の例を通じて、悩みを克服するには精神的な基盤として宗教的信仰が極めて有効であることを強調している。

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