共産主義の新しいカタチ 121

 現代社会に忍び寄る“暴力によらざる革命”、「文化マルクス主義」とは一体何なのか?
 国際勝共連合の機関紙『思想新聞』連載の「文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜」を毎週水曜日配信(予定)でお届けします。(一部、編集部による加筆・修正あり)

「快楽原則」の抑圧なき文明でフロイト超え
ヘルベルト・マルクーゼ(上)①

▲ヘルベルト・マルクーゼ

 ユダヤ系ドイツ人のヘルベルト・マルクーゼは「ハイデガー・チルドレン」でした。ベルリンとフライブルクの大学でヘーゲルおよびマルクスを研究、師のマルティン・ハイデガーは後にフライブルク大学総長に就任。マルクーゼは1932年にフランクフルト社会研究所に移ります。R・ウォーリン著『ハイデガーの子どもたち』では、政治哲学のハンナ・アーレントらと共に紹介されています。

 エーリッヒ・フロムが学派の社会学・心理学部門として、ファシズムと権威主義的パーソナリティの研究で中心的な役割を果たしますがマルクーゼとアドルノは当初「傍流」でした。アドルノはフロムのフロイト論文を批判、これがマルクーゼの後年のフロム批判の先駆となります。

快楽原則の抑圧から現実原則へ馴致
 ライヒを経由してフロイト精神分析を受容したフロムに比べ、マルクーゼは現象学的哲学が専門で臨床心理の専門家ではありませんが、マルクス主義の立場からフロイト思想との融合を図り、1956年の主著『エロス的文明』で激烈に糾弾します。

 フロイトは抑圧された「快感原則」を「現実原則」に馴致(じゅんち:適応すること)させ文明が発展してきたとしますが、マルクーゼは、フロイト哲学は現実受容の諦めではなく、「(快感原則を断念しない)新たな文明」の地平を切り拓(ひら)くものと信じたのです。

フロムとフランクフルト学派の齟齬(そご)
 マルクーゼにとり、エーリッヒ・フロムらの強調する「愛」「自由」「道徳」の観念なるものはあてにならぬ幻想でしかなく、「快・不快」という次元で社会・文化を捉えると、「道徳」が皮相的・表層的な「抑圧装置」にすぎず、軽侮すべきものと映りました。

 フライブルク大学において現象学派の薫陶を受けたマルクーゼは、フロムらの「新フロイト主義」の立場を「修正主義」として厳しく糾弾。フロムら「新フロイト主義」はフロイトの「科学・生物主義」を批判・克服することを目指しましたが、アドルノがフロムの立場に異論を唱え、それを「総帥」だったホルクハイマーに訴えるという状況がありました。

 フランクフルト学派が「新しいマルクス主義体系」=「学際的唯物論」のプロジェクト『権威と家族』発表間もなく、ナチス政権により「ディアスポラ(離散)」。米国亡命したホルクハイマーとアドルノの「コンビ」によって1940年代に代表作『啓蒙の弁証法』が書き上げられます。マルクーゼは同じく米国亡命しますが、主著『エロスと文明』を書いたのは1950年代のことでした。

(続く)

「思想新聞」2026年7月15日号より

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