週刊ぶれら 67
「千年大丈夫」

編集部

 渋谷区立松濤美術館で行われている「没後50年 髙島野十郎 展」に行ってきました。

▲渋谷区立松濤美術館

 高島野十郎(たかしま・やじゅうろう/18901975)は、特定の美術団体に所属せず、独自の画業を貫いた「孤高の画家」として知られています。

▲高島野十郎

 また、野十郎は仏教の強い影響を受けた画家でもあります。
 兄・宇朗の影響による青年期の禅への傾倒や、空海の真言密教への深い共鳴、そして「徹底的な写実=慈悲の実践」とする独自の芸術観からも仏教との深い結び付きを知ることができます。

 野十郎の作品の数々を見ながら、形に残る文化、芸術の重要性を改めて考えさせられました。

 野十郎は、「自分の作品は千年大丈夫だ」という言葉を残しています。
 これは自作の絵画の保存性に対する強い自信を示す意味が込められた発言です。

 どんなに素晴らしい作品であっても、その保存や保持ができなければ、その作品の価値を後世に残すことはできません。

 野十郎は、自らの作品の堅牢さや保存性、作品保持という点に強い関心を持ち、極めて周到な研究を行っていたのです。そのことは、近年の作品修復に伴う科学的調査などによって明らかになっています。

 野十郎は東京帝国大学農学部に学び、科学者から画家になったという経歴を持っています。野十郎が絵の具を塗ったキャンバスを風雨にさらす実験を行っていたことも知られています。

 「自分の作品は千年大丈夫だ」

 自らの絵を保持して後世へと永遠に伝えたいという、野十郎の強い意気込みが伝わってきます。

  真の父母様が残してくださった有形・無形の「作品」を永遠のものとしていかに後世に伝え続けられるか。
 これは、真の父母様に侍って生きようとする者の共通の願望であり、共有された課題、そして使命といえるでしょう。

 素晴らしい作品を残したい、それはいずれの芸術家にもあふれている情熱であることは容易に想像がつきます。
 しかし高島野十郎が持ち得た絵画の保存性に対する科学の視点は、一般的な芸術家には見落とされがちかもしれません。

 「永遠の幸福を獲得するためには、宗教と科学とが統一された一つの課題として解決され、内外両面の真理が相通ずるようにならなければならない」

 これは『原理講論』の総序の一節です。

 持続力のある伝統・文化・芸術を得ようとすれば、宗教自体の未来もまた、科学による支援が必要であるといえるのでしょう。

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