愛の知恵袋 144
愛してから叱る――しつけの基本

(APTF『真の家庭』265号[2020年11月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

「もう、疲れ果てました」というお母さん

 ある30代のお母さんから、6歳の長男・健斗君(仮名)のことで困っているという相談がありました。

 「小さい時から活発な子でしたが、4歳くらいからわがままがひどくなりました。祖父母からも『ちゃんと、しつけをしなさい』と言われるので、厳しく叱ってきたんですが、今は、何を言っても言うことを聞きません」

 「具体的には、どんな状態なのですか?」

 「落ち着きがなく、ご飯の時間も遊びまわってきちんと食べないし、『あれ食べたい、これ嫌だ』とわがままです。テレビを見れば『あそこに行きたい』とせがんでくるし、買い物に行けば、『あれが欲しい』と言って聞きわけがありません。いつも、私に付きまとってくるし、最近は、何かにつけて弟や妹をいじめるようになったので、きつく叱るのですが直りません。幼稚園でも問題児で、このままでは小学校に通えるかどうか…。どうしたらいいんでしょうか…」

 子育てをしてきた人なら誰でも似たような悩みを経験してこられたのではないでしょうか。健斗君のお母さんは心身ともに疲れ果てておられたので、ご苦労を察して、お慰めしたうえで、今後のことを一緒に考えることにしました。

叱るだけでは、人の心は育たない

 「褒めて育てよ」という言葉を知っているお母さんたちは子供を精いっぱい可愛がります。しかし、人は成長すれば「人間社会」という組織の一員になるので、その集団のルールを身につけていなければ、決して幸せになることはできません。そのため、子供には“しつけ”が絶対に必要になるのですが、そこで、私たちは「可愛がること」と「叱ること」の間で悩みます。

 家庭教育研究所所長でカウンセラーの高橋愛子先生は、著書の中でこう言っておられます。

 「人間社会の中で楽しく幸せに生きていくためのルールやマナーを教えてあげること、その子が生きていくのが日本であれば、日本の習慣や伝統・文化を教えてあげること、それが『しつけ』です。そして、それができない時や、脇道に逸れそうになった時に、教え導いてあげることが『叱る』という行為なのです。『叱る』にはその子の生きていく力を減らさずに、もって生まれた命の力を完全燃焼させてあげるために『応援する』という意味があると思っています。注意したり感情むき出しに怒ることが叱ることだと勘違いしやすいのです。怒るというのはしつけでもなんでもありません。(中略) また逆に、子供を叱れない、叱らないというお母さんも増えていますが、それも『叱る』という形での子供への応援を放棄した冷酷な態度の一つと言えるでしょう」

子供が受け入れられる叱り方をしよう

 子供の「教育」に最も大きな役割を担っているのが「家庭」であり、そこには二つの役割があると言われます。一つは「育」であり、子どもの個性を引き出し、前向きに生きようとする“心”を育て上げることです。もう一つは「教」であり、人間が歴史をかけて築き上げてきた社会ルールを子供に教え、文化を伝え、社会性を身につけさせることです。肝心なのは、「教」よりも「育」のほうが先に必要だということです。

 母親の「叱り」を子供が心から受け入れられる時…それは、子供の心が母親の愛情で満たされ、母親との絶対的な信頼関係ができている時です。父親と子どもの関係でも同じです。

 私達は、子供の問題行動が目に付くたびにムッとし、注意し、叱りつけたくなります。

 「姿勢が悪い!」「いつまで、遊んでるの!」「どうして片づけないの!」「早く、時間がない!」「ほんとに愚図だねえ」「どこまで甘えるの!」「自分のことくらい自分でしなさい!」

 「少しは勉強したら!」「言われた通りにしなさい!」「何度言ったらわかるの!」「あんた、馬鹿じゃないの!」……。指示、命令、裁き、罵倒……。言葉の威力は恐ろしく、子供の心はボロボロになります。親の温もりが感じられない。自分はダメなんだ。親から嫌われている。どうせ自分なんか…。失望、孤独、寂しさ、渇き…。

 これではどんなに激しく叱られても素直には受け入れられません。益々、意固地になり、反抗したくなり、親に対する復讐心さえ湧いてきます。

 私たちが子供を叱る前に、絶対に必要なことがあります。それは親と子の心の信頼関係を築いておくことです。自分は親から愛されているという確信、実感を持たせてあげるのです。そのためには、毎日、折あるごとに、具体的な言葉と行動で子供に愛情を伝えていくことです。

 子供が甘えてきた時には、突き放さないで、とことん甘えさせてあげましょう。毎日、何度でも抱きしめて、「ママは、〇〇ちゃんが大好き」と言ってあげましょう。その上で「○○ちゃんは、この頃お片付けが上手になったね」と過去形でほめてあげ、「ママは〇〇ちゃんがお片付けをしてくれると、すごくうれしいな」と言って気持ちを伝えましょう。また、命令形で叱る時は、毅然として簡潔に叱りましょう。感情的にくどくどと言わないこと。前述の健斗君も、実は両親の愛情に飢えていました。そのことに気付いたお母さんは、徹底して彼に愛情を伝えました。すると健斗君の態度が目に見えて変わってきたそうです。

参考文献:「頭がいい親の上手な叱り方」高橋愛子著・コスモ21

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