私の心の中にいる神様 39
全てを受け入れて良しとする

 良心との対話で、ワクワク感が止まらない!
 真の父母様が、「第二の神様」であると言われた“良心”。自分の心の中にいる神様―良心―と対話(瞑想、祈り)することによって、自己中心的な思いに囚われていたことに気付き、本然の自分を取り戻していくことができます。
 そんな真の父母様のみ言と解説、それに基づいた実践(ワーク)を軸に展開されている自己牧会プログラムの中で多くのかたが感じた体験をお届けします。

全てを受け入れて良しとする

 子供たちの春休み期間のことです。

 ある夜、ゆっくりする時間があり、子供たちと一緒に風呂に入りました。布団も敷いてあとは寝るだけ、明日の準備でもしようと、かがんでカバンを開けていたら、後ろから娘(11歳)が「パパー」と言いながら抱きついてきました。

 少しびっくりして立ち上がった拍子に、観葉植物の鉢(プラスチック)に頭をぶつけてしまいました。痛かったものの、それだけならまだよかったのですが、その鉢が落ちてきて、開いていたカバンの中に砂がザーッと入ってしまったのです。

 それまでのゆったりした気分はどこへやら、途端にイライラしてきました。しぶしぶ砂を片付けていると、妻と、高校進学を控えた息子の会話が耳に入ってきました。

 聞くともなしに聞いていると、妻が、高校から配られたパンフレットを見ながら、「学校推薦の電子辞書があるんだね。36000円かあ」と言っているのが聞こえてきました。

 私は、「えっ、36000円?」と反応してしまい、思わず息子に「何年か前に買った電子辞書、あるよね。あれ使ってないんじゃないの?」と聞いていました。
 すると息子が、「あれ、古いし、電池入ってないもん」と言うのです。

 私のイライラはピークに達し、「電池くらい自分で入れたらいいじゃないか」ときつい口調で言い放ってしまいました。
 さらにそれでは収まらず、「春休みは自主学習の時間だろう? ちゃんと計画を立てて予習、復習やってるの?」などと、電子辞書とは関係ない話をたっぷり5分間、息子にぶつけてしまったのです。
 その後、息子は何とも言えない表情で寝てしまいました。

 翌日、教会で「自己牧会プログラム」について学ぶ機会がありました。

 「全てを受け入れて良しとしたら、どんな感じがするんだろう」とイメージし、「全てを受け入れて否定するものがなくなったら、平和な世界、一つの世界が見えてきます」というふうに導かれました。
 この言葉が、私の心深くにしみ通っていきました。

 そこで、「頭を鉢にぶつけてもよい。かばんに砂が入ってもよい。電子辞書が高額でもよい。息子が勉強しなくてもよい」と言いながら、全てを受け入れる努力をしてみました。
 すると、「息子は自分のペースで勉強しているよ」という良心の答えを感じたのです。そうだな、彼は彼のペースでやっているなと思えてきました。

 平安な気持ちで帰宅し、息子に「昨日はすまなかったね。電子辞書、欲しいの?」と聞いてみました。
 「うん、欲しい!」
 「じゃあ買ってあげるね」
 すると息子はニコーっとして、目を輝かせました。口角が上がってのぞいた白い歯を見ながら、かわいいなあと感じました。
 息子は、「僕、勉強頑張る!」と言って、実際、その夜は12時くらいまで勉強していました。

 全てを受け入れて良しとしていくと、親子の心がつながって平安な世界が見えてきました。こういう体験を積み重ねていきたいと思います。

(男性 40代)

---

 次回(10月24日)は、「思考の先に良心が現れる」をお届けします


◆本編で紹介されている『自己牧会プログラム』の、ワークの内容を詳しく書籍でご覧になりたいかたはコチラ