夫婦愛を育む 130
2年間、じっと待ち続けた医師

ナビゲーター:橘 幸世

 塾で教えていて一番の難題は、やる気のない生徒です。

 私の場合は個別指導ではなく授業を担当しているので、週2回の授業中だけで、退屈そうに座っているそんな彼らに動機付けすることは容易ではありません。

 出会った時点で、英語が嫌い、興味がない、外国に行きたいとも思っていない、と取りつく島もなく、英語は受験に必須、大学に行ってもついて回るよ、と言ってものれんに腕押しといった感じです。

 学習の遅れは、やる気さえあれば取り戻せます。
 実際、3年の一学期に赤点を取っていた生徒でも、数カ月後に国立大学に合格するまでに追い上げています。

 眠そうに後ろの席に座っている(授業の邪魔はしません)生徒が、一昨年の3年生にも一人いました。
 秋ともなると他の生徒は授業が終わってもバンバン質問をしてくる中、一人どこ吹く風の彼に、「私、○○君も質問してくれるとうれしいなぁ」と言ってみました。

 無言で聞き流していた彼でしたが、その数日後、少し恥ずかしそうに私のところにやってきて質問をしたのです!
 正直、ビックリしました。そして、こちらの気持ちを受け取って反応してくれたのがうれしかったです。

 関心なさそうでいて、講師の言動をちゃんと見ているんですね。それなりの関係は築けているのかな、と思いました。

 サポート役は信頼関係を築いて付き合っていく、(適度の刺激を投げ掛けつつ)待っていく…そんなところかなと思います。

 ある精神科のお医者さんがこんなふうに言っていました。
 「医者は人の心を救うことはできない。できるのは寄り添うことだけだ」

 その先生は、親に連れられて自分の診察室に来た女の子(小学校高学年だったと記憶しています)を何年にもわたって診ています。

 最初の2年は彼女は一言もしゃべらず、先生もひたすら彼女が言葉を発するのを待ったそうです。無言の時間が過ぎて、彼女は帰って行く。その繰り返しだったとのこと。2年という歳月を待ち続けた先生の愛情に感嘆しました。

 「ただ隣に座って、言葉に出てくるのを待つ。心のケアをする自分は黒子のようなもので、なくてはならないけれど表には出ない。常にスタンバイはしている」
 先生はそう言います。

 「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」
 英語の教材に載っていたイギリスの諺です。

 お母さんが彼女を水辺に連れて行って、お医者さんは彼女が水を飲みたくなるのを待ちました。水を飲み始めた彼女は、少しずつ元気になっていきました。


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