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氏族伝道の心理学 10
親からの否定的なメッセージ

 光言社書籍シリーズで好評だった『氏族伝道の心理学』を再配信でお届けします。
 臨床心理士の大知勇治氏が、心理学の観点から氏族伝道を解き明かします。

大知 勇治・著

(光言社・刊『成約時代の牧会カウンセリング 氏族伝道の心理学』より)

第1章 不安と怒り

親からの否定的なメッセージ
 では、親からの否定的なメッセージというのは、具体的にどのようなものでしょうか。

 最も子供を傷つけるのは、親の怒りです。すでに述べたように、怒りは破壊衝動を強く伴う感情ですから、親の怒りは子供の心や人格、尊厳性を破壊していきます。ですから、自分に自信がもてない自尊感情の低い子供になってしまいます。

 怒りよりももっと子供を傷つけるのは、親の無関心です。マザー・テレサは、「愛の反対は憎しみではない、無関心だ」という言葉を残しています。小さい子供にとって、親は世界のすべてです。親から関心を向けられない子供は、全世界から関心を向けられていないのと同じです。ですから、その子自身の存在価値が否定されているのと同じことを意味しています。親から関心を向けられない子供たちは、悪いことをしてでも親の関心を引こうとします。悪いことをすれば、親は子供を怒ります。無視されることは、怒られることよりつらいことです。ですから、親から関心を向けられない子供たちは、わざと悪いことをして、親や周囲の大人の関心を引こうとするのです。

 どのようなときに、親は子供に無関心になるのでしょうか。それは、親自身が不安でいっぱいになったときです。不安になると、自分のことで手いっぱいになってしまい、周囲に関心が向かなくなります。ですから、親が不安でいっぱいのときには、子供に関心を向ける余裕がなくなってしまうのです。

 つまり、子供に対する親の否定的なメッセージである怒りと無関心は、親自身のもっている「不安」と「怒り」に原因があるということです。

 以上、心の病、心の問題を考えていくと、その背景には、その人の不安と怒りがあり、さらにその背景には、自己評価の低さと自尊感情の低さがあり、さらにまたその背景には、その人の親がもっている不安と怒りがある、ということを理解していただけると思います。

 つまり、私たちの心の問題は、親がもっていた心の問題から来ているということです。「家族文化は継承される」という言葉があります。虐待されて育てられた子供は、自分が親になったときには、自分が育てられたようには子供を育てたくない、と考えます。しかし、そう思いながらも、自分自身の子供を虐待してしまう、そうした虐待の連鎖も、家族文化の継承の一形態です。

 ここで、再度不安と怒りについて、考えてみましょう。神様の喜怒哀楽に似せて創造された私たちの心には、不安は良心作用として、怒りは、向かってくる脅威に対する防衛と適応のメカニズムとして、堕落前から創造本性として私たちの中に存在していたものです。

 しかし、堕落した否定的な環境の中で多くの心の傷をもつようになり、自尊感情が低くなってしまい、知情意が未熟なまま変形して成長してしまいました。

 そうした中で、良心作用が過剰に働いて変質した結果が不安であり、自分が脅かされるかもしれないという不安の中で、防衛反応が過剰に働いて、自分を守るために相手を破壊するような衝動にまでなってしまったのが、怒りです。

 先に引用した『怒りの無い人生』の中に、次のような一文があります。「精神的な怒りの多くは、根底には愛を求める感情があります。そして、愛が得られない怒りによって、求めているはずの愛をさらに壊していくという闇が、人間の心にはあります」。

 私たちの怒りは、誰に一番向けられやすいのでしょうか。多くの場合、身近な人に向けられます。男性であれば妻であり、女性であれば夫です。また自分の親や子供たちにも向けられます。他のお年寄りであれば、優しく接してあげられるし、自分の子供でなければ、笑って許してあげられます。しかし、自分の親や子供だと、つい怒ってしまうということはよくあることです。これは、愛を求めるあまり、それが得られないと、逆に破壊してしまうという、私たちの心の闇なのです。

 つまり、私たちの不安や怒りは、自尊感情の低さから来る知情意のバランスの崩れと、堕落によって生じた悪なる環境との授受作用により、本来もっていた機能が大きくずれた結果、生じた感情と言えるでしょう。

 ここで、これまでの話を、順を追ってもう一度振り返ってみましょう。

 心の病や問題に共通していることは、「客観的に物事を見ることができない」ということと、「合理的・合目的的に行動できない」ということである。

 そうした心の病や問題の背景にあるものは「不安」であり、「不安」は大きくなると、「怒り」に転化する。そして、「怒り」が高まって爆発したあとは、自己嫌悪に落ち込み、不安が大きくなる、という悪循環を繰り返す。不安とは、「何か悪いことが起こるのではないかという根拠のない思い込み」であり、怒りとは破壊衝動である。

 不安や怒りは、自分自身の中にその種が存在する。自分自身の中の不安や怒りの種が環境と結びついたときに、不安や怒りが湧いてくる。だから、不安や怒りは、環境を変えることではなく、自分自身の中にあるそれらの種を整理することにより減少する。

 不安や怒りは、否定的な環境やメッセージにより増大し、肯定的な環境やメッセージで減少する。

 不安と怒りの背景には、自己評価の低さがあり、自尊感情の低さがある。

 自尊感情は、子供の頃の家族関係の中で形成されるものであり、自尊感情が低い人たちは、子供の頃に親から傷つけられていることが少なくない。

 子供の自尊感情を傷つける最も大きな要因は、親の不安と怒りである。

 以上の流れを図示すると、図1のようになります。

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 この図の中の孤独について、先に少し説明しましたが、もう少し説明を付け加えます。

 不安の背景には自尊感情の低さがあり、自尊感情の低さは、子供時代の否定的な環境や親からの否定的なメッセージがある、と説明しました。そうした子供時代を育ってきた人たちは、心のどこかに「孤独」を感じるようになります。「どうせ自分なんか大事にされる存在ではないんだ」とか、「自分のことなんか、誰もわかってくれないんだ」といった気持ちをもっているということです。言い換えれば、自尊感情の低さとは、「孤独」と同義だと言ってもよいのかもしれません。

 では、親の不安と怒りは、どこから来たのでしょうか。それは、親自身の生育環境を通して、祖父母がもっていた不安や怒りが受け継がれてきたものです。そして、祖父母の不安と怒りは、さらに曾祖父が抱えていた不安や怒りを、生育環境を通して受け継がれてきたものです。そして曾祖父の不安や怒りは、さらにその親がもっていた不安や怒りを……。

 このようにして、血統が伝えてきた家族文化が環境を通して受け継がれていく中で、不安や怒りも受け継がれてきた、と考えることができます。そして、こうした文化の伝達は、元をたどれば、アダムとエバまでさかのぼることができると、私は考えます。

 こうした観点から、復帰歴史の不安と怒りについて考えていきます。

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 次回は「不安と怒りから見た堕落の動機と経路」をお届けします。


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