世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

「イージス・アショア」配備計画の断念

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は622日から28日までを振り返ります。

 この間、次のような出来事がありました。
 金正恩委員長、韓国への軍事行動計画の「保留」を決定(23日)。政府、「イージス・アショア」配備計画撤回方針を決定(24日)。朝鮮戦争70年、文在寅大統領和解を訴える(25日)。米上院、香港の国家安全法巡り対中制裁法案を可決(25日)。新型コロナ死者、世界で50万人超へ(28日)、などです。

 今回は「イージス・アショア」に関する内容を説明します。
 日本政府は624日、国家安全保障会議(NSC)を開催し、「イージス・アショア」配備計画の撤回方針を決定しました。この計画は、北朝鮮がミサイル発射を繰り返した20171219日、ミサイル防衛強化の目的で導入が決定されたものでした。

▲『アテーナーの誕生』 (ルネ=アントワーヌ・ウアス作、1688年より前、ヴェルサイユ宮殿所蔵) ウィキペディアより

 まず、「イージス・アショア」とは何かを説明しておきます。
 「イージス(ギリシア神話で女神アテナが用いる防具・アイギスの英語読み)」システムは、もともと空母や揚陸艦などを対艦ミサイル攻撃から守る目的で、米国で開発されました。

 注目すべきは「同時多目標交戦能力」です。
 飛来する多数のミサイルを同時に捕捉・追尾するとともに、脅威度の高さに応じて優先度を付け、優先度が高い目標から順番に、迎撃ミサイルを発射して交戦するのです。

 イージスシステムでは同時に1216発の艦対空ミサイルを発射して交戦できるといわれています。このシステムを搭載した艦艇を「イージス艦」といいます。

 「イージス・アショア」とは、イージスシステムを陸上に固定設置するものをいいます。イージス艦のように自由に動き回ることはできません。
 しかし日米で共同開発を進めている弾道弾迎撃ミサイル・SM-3ブロックIIAは広い覆域(ふくいき)を持っており、2カ所に配備すれば日本全土をカバーできるとされています。

 そこで201810月、陸上自衛隊の新屋(あらや)演習場(秋田)、むつみ演習場(山口県萩市)が候補地となり、現地調査が開始されたのです。

 計画撤回に至った経緯を見ておきます。
 昨年6月、防衛省が秋田県に提出した報告書に誤りが明らかになったことを受け、現地で説明会を開催。ところが担当した防衛省職員の一人が居眠りしてしまったことなどが重なり、地元での批判が強くなりました。

 さらに今年5月下旬、ブースター(ミサイル推進装置)を山口県のむつみ演習場圏内に確実に落とすためには大幅な改修が必要であることが判明。追加で2000億円の費用と10年の期間がかかることも分かってきました。しかも改修の結果、防護範囲が計画の3分の1程度(九州地域のみ)に狭まり本州西部が外れてしまうことも判明し、この点が決断の決め手になったのです。

 今後の展開と課題を挙げておきます。
 9月までに、イージス・アショア配備に代わるミサイル防衛などについて議論し、12月に外交・安保の基本方針「国家安全保障戦略」と防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画を改定し、撤回を正式決定する方針です。

 課題の一つは、米国側と協議です。
 反発も予想されます。さらに安全保障上の「空白」を回避し、実効性のある防衛体制の再構築を急がなければなりません。

 自民党内では、敵のミサイル発射拠点などを直接破壊する「敵基地攻撃能力」の保有も議論の焦点になりつつあります。