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統一原理127のポイント 66
予定説の根拠となる聖句を三つ挙げ、原理的に説明してください

 アプリで読む光言社書籍シリーズ第8弾、『統一原理127のポイント~百日修練会の試験問題と模範解答から』を毎週日曜日配信(予定)でお届けしています。

(光言社・刊『統一原理127のポイント~百日修練会の試験問題と模範解答から』より)

第六章 予定論
65 予定説の根拠となる聖句を三つ挙げ、原理的に説明してください。(『原理講論』、248〜250ページ)

 ロマ書八章二九節から三〇節、「神はあらかじめ知っておられる者たちを……あらかじめ定め……あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さった」。

 神は全知であられるから、いかなる人間が復帰摂理の中心人物になり得る条件を備えているかを御存じです。そこで神は復帰摂理の目的を成し遂げるために、あらかじめ知っておられる人物を予定し、召命なさるのです。彼は召命された立場で自分の責任分担を完遂するとき、初めて義とされ、神が下さる栄華に浴することができるのです。ただ聖句には、人間の責任分担に対するみ言(ことば)が省略されているために、それらが、ただ、神の絶対的な予定だけでなされるように見えるのです。

 ロマ書九章一五節から一六節、「『わたしは自分をあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ』。ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである」。

 人物を選んで、哀れみ、あるいは慈しむのは、神の特権であり、人間の意志や努力によってできるのではありません。したがってこの聖句は、どこまでも神の権能と恩寵(おんちょう)とを強調するために下さったみ言なのです。

 ロマ書九章一〇節から一三節には、神が胎中のときからヤコブは愛し、エサウは憎んで、更に長子エサウは、次子ヤコブに仕えるであろうとあります。これは復帰摂理歴史のプログラムを合わせるためでした。エサウは、カインの立場にあるので、神の憎しみを受ける立場におり、ヤコブはアベルの立場におり、神の愛を受けられる立場であったから、このように言われたのです。

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 次回は、「創造目的を完成した人間の価値を説明してください」をお届けします。