世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

金与正氏の「脅し」の背景とは

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は68日から14日までを振り返ります。

 この間、次のような出来事がありました。
 北朝鮮、韓国との通信完全遮断へ(69日)。安倍首相のG7声明発言に中国抗議(10日)。米朝首脳会談から2年、非核化進展せず(12日)、などです。

 金正恩氏の妹・与正氏が6月4日朝、韓国の脱北者団体(自由北朝鮮運動連合など)が正恩氏を批判するビラを北朝鮮に散布したことに反発し、韓国政府に対応を要求する談話を発表しました。

 その内容は、「家の中の汚物(脱北者)を掃除する」よう韓国に迫り、「相応の措置を取らなければ、開城工業団地の完全撤収や共同連絡事務所の閉鎖、軍事合意破棄を覚悟すべきだ」という驚くべきものでした。

 韓国統一省は同日午前中に、ビラ散布を規制する法整備を目指すことを表明。しかし北朝鮮の圧力は執拗に続きました。

 5日夜、朝鮮労働党統一戦線部は報道官談話を発表し、北朝鮮の開城に南北が設置した共同連絡事務所を「まず断固、撤廃する」と予告したのです。

 さらに8日に開催された会議で与正氏は「対南事業を徹底的に敵対活動に転換すべきだ」として「北南間の全ての通信連絡線」の遮断を指示。9日正午から完全に遮断されてしまいました。

 与正氏の「脅し」に対して韓国統一省は10日、ビラを散布した脱北者団体(自由北朝鮮運動連合など)2団体を刑事告発し、団体の法人認可を取り消す方針を明らかにするなど、ただ譲歩するのみです。

 一方、北朝鮮の米国への対応は明らかに異なっています。612日、北朝鮮の李善権外相はシンガポールで初めて行われた米朝首脳会談から2年になるのに合わせて談話を発表しました。

 米国との関係については、「わが最高指導部と(金正恩朝鮮労働党委員長)と米大統領との親交が維持されるからといって握手し続ける必要があるのか」として「われわれは何の代価もなしに米執権者に治績(業績)宣伝という風呂敷を渡さない」と述べました。

 そして、「敵対的な朝米関係に終止符を打ち、協力の時代を切り開いていこうとの両国人民の願いに違いはない」と述べ、金正恩党委員長とトランプ大統領の「親交」の維持にも言及したのです。さらに「わが国の変わりない戦略目標は、米国の軍事的脅威を管理するためのより確実な力を育てることだ」とし、核ミサイル開発を続ける姿勢を強調したのです。

 与正氏の「脅し」の背景は2点あると思います。

 第一に、北朝鮮にとっての最優先事項は体制の維持です。そのために必要なことは米国による「体制保証」なのです。2年前にトランプ大統領が言及したのは安全の保証であって体制保証ではありませんでした。
 北朝鮮の韓国に対する本当の期待は、米国が北朝鮮の体制保証をするように促すことです。そのための努力を全くせずに「南北協力」のことだけ主張する「青瓦台の低能な思考」(33日)への怒りです。

 第二に、深刻な内部事情による国民の不満を外部に向けようとしているということです。長期にわたる「経済制裁」、ここ3年続いている食糧不足、そして新型コロナウイルス感染の影響です。北朝鮮政府による「感染ゼロ」報告は信じられません。

 北朝鮮の非核化、朝鮮半島の非核化、さらに南北平和統一の実現は南北間だけでは不可能です。米国、日本、韓国がまず結束し、中国、ロシアをも動かさなければ不可能なのです。金与正氏の「脅し」が譲歩を迫って支援を引き出そうとするものと捉えるのは、浅はかだと思います。