(『祝福家庭』65号)
【第1祝福】「個性完成」

 いつでもどこでも、訓読生活!
 このシリーズでは季刊誌『祝福家庭』に掲載されている三大祝福完成に関するみ言を紹介します。

【第1祝福】
「公的生活」に関するみ言(3)

 私たちは公的な存在です。レバレンド・ムーンもそうです。私は、神様のために生き、人類のために生きる代表者です。公的な存在だと考えています。
 公的な存在が、「ああ、私はおなかがすいているので、御飯を食べてからやろう」と言うことができますか。「私は遊びたいので、遊んでからやろう」と言うことができますか。「私は寝ていないので、寝てからやろう」と。それは通じないのです。食べること、着ること、眠ること、遊ぶこと、すべて忘れて神様のために、人類のためにするのです。これが統一教会の文先生の生活哲学です。
(『文鮮明先生御言選集』80巻152頁)


 今まで祝福を受けた家庭は、どこに向かっていくのでしょうか。家庭に向かっていく人は、流れていくのです。先生も、結婚した目的は、家庭を救うためではありません。家庭のために行くのではありません。国のために、天宙復帰の使命を果たすために行くのです。
 目を覚ませばそのために誓い、涙を流せば、それを抱き抱えて涙を流して行かなければなりません。これは、今後の歴史において、父母として残してあげるべき贈り物です。これが、先生の家庭を中心とする生活哲学です。このような伝統がなければなりません。
(『同』157巻308頁)


 今から皆さんが道を出発して、社会の厳しい風潮にぶつかるとき、それを消化していける秘法とは何でしょうか。皆さんがもっている手段や方法、あるいは才能など、そのすべてのものは役に立ちません。
 たった一つ必要なものは、公人としての心情をもち、父母のような心をもって「ために生きる」ことです。これは、ここに立っている師が経てきた生涯の闘争過程において習得した、生活哲学の一面を皆さんに伝達しているのです。ですから、どこに行っても公人の心情をもって生きなければなりません。
(『同』199巻232頁)