夫婦愛を育む 94
心が枯れないようにと下した英断

ナビゲーター:橘 幸世

 11月29日のNHK「ニュースウォッチ9」で、長野県川上村にある一台のピアノが紹介されていました。

 世界最高峰といわれる米国・スタインウェイのグランドピアノで、1907年に作られたアンティークです。価格は何と一億円! その名器に惹(ひ)かれて著名な音楽家が次々と村を訪れています。

 人口5000人にも満たない山あいの村の文化センターに、なぜそんなピアノがあるのか? 理由を聞いて感嘆しました。

 そのピアノがやってきたのは、26年前です。村は当時、戦後始めたレタス栽培が成功して、全国一の産地になっていました。
 レタスで経済的に豊かになろうと、村民の間で競争が生まれます。このままでは村人たちの関係が希薄になってしまうと、藤原忠彦村長は危機感を抱きました。

 インタビューで藤原村長は、「経済活動だけに走ると、精神的にギスギスしてくる」といった意味のことを言っていました。
 村長は、そんな状態にならないようにと、ピアノの購入を決断します。当然、反対意見もありました。交渉の末、半分の価格で譲ってもらったとはいえ、小さな村がピアノ1台に村費5千万円を投じるのですから。

 ふたを開ければ、ピアノは想像を超えた恩恵を村にもたらしました。
 その一つが合唱団の結成です。メンバーのほとんどはレタス農家の女性たち。20年以上毎週練習を続けているというメンバーは、「心が豊かになるような気がする」「これがなかったら、ただレタスを作るだけの毎日だった」と言いました。

 ピアノに魅せられたプロの作曲家や指揮者などが相次いで村を訪れるようになり、合唱団とも共演。彼女たちは音楽の都ウィーンで公演するチャンスにも恵まれました。レタス農家の女性たちが奇麗なドレスを身にまとい、ウィーンの舞台で歌ったのです。
 村を憂えて、四半世紀前に村長が下した決断は、小さな村を精神的にも豊かにしました。

 確かに、お金のことに気を取られていると、大事なものを見失いかねません。
 家計のやりくりや会社での経費削減は大切なことですが、他者へのチェックが厳しくなれば、関係にマイナスとなります。また、川上村の村長さんが心配したように、比べたり無意識のうちに競ったりすると、複雑な感情が湧いてきて、心の距離が遠くなることもあるでしょう。

 心豊かな人生を送るべく、すぐに文化活動とはいかなくとも、大切なものをちゃんと中心におけるよう心掛けていきたいものです。
 書きながら、孝情文化活動に励む青年たちのキラキラした顔が思い浮かびました。