愛の知恵袋 82
ものごとの優先順位

(APTF『真の家庭』198号[2015年4月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

“命(いのち)を使い切る”ということ

 最近見たテレビの中で、私の心に印象深く残った言葉がありました。NHK木曜時代劇「風の峠」です。時は江戸時代。少年時代に無二の親友になった源五(げんご)、小弥太(こやた)、十蔵(じゅうぞう)という3人の男達がいた。村人を飢饉から救うために直訴の一揆の先頭に立った十蔵に、源五は「死罪になるぞ!」と必死で止めようとしたが、「わしは、この命を使い切りたいのだ」と言って信念を貫き、従容(しょうよう)として死についた。

 その後、家老の将監(小弥太)は藩の危機を救うために脱藩してまで公儀に直訴しようとする。それをとどめようとする源五に「わしも、この命を使い切りたいのじゃ」と言う。その覚悟を知った源五は、自分も命を懸けて彼に助太刀をする…。

 そのような物語でしたが、“命を使い切る”という言葉に、人間としての生き方を深く考えさせられるものがありました。

人生は毎日が“選択”である

 この世に生まれてきた人間は、必ずいつかは死を迎える…。ならば、たった一度しかない人生を、毒にも薬にもならないような生き方で終わらせたくない。死の瞬間まで、持てるすべての情熱と力を“価値あること”のために捧げ尽くしたい…。そういう思いが「命を使い切る」という言葉から伝わってきました。

 今は時代が変わりましたが、現在でも通じるものがあるな…と感じたのです。

 人生は毎日が選択です。同じ一日を過ごすにしても、何をして過ごすべきか、常に選んで生きています。その判断次第で、自分の人生の価値が変わってきます。

 新約聖書の中にも、「全てのことは許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない」という言葉があります。

 では、選択するにあたっては、何を目安にして決めればよいのでしょうか。

 ちなみに、私の場合は「さて、どうしようか?」と迷った時、その判断の基準にする“ある物差し”を決めています。以下の4つです。

①必ずやらなければならないこと。

②出来るだけやったほうが良いこと。

③やっても良いし、やらなくても良いこと。

④しないほうが良いこと。

優先順位を判断する物差し

 「必ずやらなければならないこと」というのは、重要度レベル1の事柄です。最優先してやるべき事柄であり、それをやらなければ自分の責任や使命を果たせず、後で後悔することになるというようなことです。

 「出来るだけやったほうが良いこと」というのは、できればやっておいたほうが良いことで、重要度レベル2です。絶対不可欠のことではないが、やれば自分にも相手にもプラスになり、周囲にも喜んでもらえるというようなことです。

 「やっても良いし、やらなくても良いこと」というのは、重要度レベル3です。本人がやりたければやっても良いし、しなくても支障はない…というような事柄です。趣味やレクリエーションなどがこれに該当するでしょう。

 「しないほうが良いこと」というのは、してはならないことです。私たちは、つい衝動的に行動してしまうことがあります。たとえば、感情的になった時の言動や、相手への妬みや復讐心からとろうとする行動は、好ましくない結果をもたらし、後悔することになるので、しっかりと抑制しなければなりません。

時間を有効に使い切って、悔いのない人生を

 「今、やらなければならない」と思えることが2つ以上あって、何を優先するか迷った時には、この基準に照らし合わせて判断することができます。

 実生活において、私達が陥りやすいのは、①と②③の優先順位を誤ることです。

 私達は「必ずやらなければならないこと」を忘れて、「できるだけやったほうがよいこと」や、「やってもいいし、やらなくてもいいこと」に時間を費やしがちです。

 もし、私達に無限の時間があるのであれば、何をやっていてもかまいません。

 しかし、私達に与えられた“地上人生の時間”は短く、あっという間に歳を取り、臨終を迎えることになります。また、物事にはタイミングというものがあり、“時”を逃せば全てを失ってしまうということもあります。

 生涯の目標がない人にとっては、人生は漠然としていて長いように思えるかもしれません。しかし、明確な目標を持って歩んでいる人にとっては、人生はあまりにも短く、きょうの1日は二度と帰らない貴重な1日です。

 自分は生きているうちに何を成し遂げたいのか。どこまで到達したいのか。その目標を常に確認しながら、時間を有効に使って価値あることに投入し、悔いのない人生を送りたいものです。