世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

再浮上したカシミール問題を知っていますか?

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は8月5日から18日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。
 インドのコビンド大統領、カシミール地方のインド側のジャム・カシミール州自治権を略奪する大統領令に署名(8月5日)。パキスタン、対印貿易停止(7日)。米トランプ大統領、金正恩委員長から手紙を受け取ったことを公表(9日)。韓国産業通商資源省、9月に輸出管理の優遇対象国から日本を外すと発表(12日)。カシミール問題、安保理緊急理事会開催(16日)などです。

 今回はカシミール地方での衝突を取り上げます。
 直接のきっかけは8月5日、インド政府が、70年前から認めてきたジャム・カシミール州の自治権を一方的に略奪し、インド政府の直轄領にしたことでした。

 まずカシミール地方について説明します。
 インド、パキスタン、中国の国境地帯で、ヒマラヤ山脈に近い高原が広がる地域です。広さは約22万平方kmで、日本の本州とほぼ同じ広さです。

 インドとパキスタンは1947年、英国から分離独立しました。その時、カシミール地方を巡って2度戦争が起きたのです。いまだ両国の明確な国境線は確定していません。

 さらに複雑なのは、そこには中国が主張している地域もあり、インドと中国の間では1962年、中印紛争が起きています。インド、パキスタン、中国のいずれも核保有国です。核保有国間の軍事衝突の可能性のレベルが上がったのです。

 今回の措置は、インド・モディ首相のこれまでの言動で十分予測されていたものです。
 ジャム・カシミール州はイスラム教徒が多数を占めています。分離独立の際、大半の住民がパキスタンへの帰属を求めたのに対し、当地を治めるヒンズー教の藩王がインドへの帰属を決めたのです。近年は、インドからの独立を求める動きが活発化していました。

 今年の2月、州内でパキスタンの過激派がインド兵約40人を殺害するという事件が起きました。「ヒンズー至上主義」の立場ともいわれるモディ首相は「イスラム過激派のテロの温床になっている」とジャム・カシミール地方を非難しました。そして今年の4~5月の総選挙で、ジャム・カシミール州の自治権略奪を公約に掲げました。総選挙に勝利したモディ氏は、2期目の政権発足を機に公約実行に動いたのではとの見方が有力です。

 7月下旬から約4万6000人の兵士を州に追加派遣し、地元メディアによれば、地元の政治家やインドからの独立を求める活動家ら約300人が当局に拘束されたといいます。

 パキスタンは当然のこと、中国も強く反発しています。
 6日夜、中国外務省の華春瑩報道局長は「一方的に現状を変更して緊張を高めないよう、関係国が自制して、慎重に行動する必要がある」とインドを批判しましたが、南シナ海での軍事力による現状変更を強行しています。全く説得力がありません。

 インドの強い動きには、アメリカの戦略が絡んでいるかもしれません。1949年以降、パキスタンは中国と友好関係にあります。
 さらに近年、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の中核事業で、カシミール地方を通過する「中国パキスタン経済回廊」などを通じてさらに関係を深めているのです。
 中国に対するインドと米国の警戒には一致点があるのです。