親育て子育て 17
家族をつくる父親の力と母親の力

(APTF『真の家庭』195号[2015年1月]より)

ジャーナリスト 石田 香

母性原理が強い日本社会では、父性をどう確立していくかが大きな課題

夫婦で家族をつくる

 子育ての根底にあるのは、夫婦でどんな家族をつくろうとしているのかです。子供にこう育ってほしいという思いは、自分は親として、人間としてどうなのかという問いかけになって返ってきます。ですから、何度も言うように、子育ては親育てであり、夫婦や家族が協力して取り組まなければならないことなのです。

 でも、それは考えてみると素晴らしいことです。私たちは大人になると、家庭や職場、地域、仲間などいろいろな社会に属しますが、人間としての生身が出るのが家庭です。中には、仮面家族という言葉があるように、家庭で別人を演じる人もいますが、それは例外でしょう。家族というのは、血縁で結ばれた最も近い関係であり、裸で付き合うからこそ、人としての真価が問われるところになるからです。

 その始まりは夫婦としての出会いです。断片的にしか知らなかった相手と同じ屋根の下で暮らすのですから、驚くようなこともたくさんあります。昔から「恋愛時代は両目で、結婚したら片目で相手を見なさい」と言われるのもそのためです。

 それぞれ違う家庭で育った夫婦が、また新しい家庭を築いていくのですから、互いの長所も短所も受け入れ、何より子供たちにとって居心地のいい家庭にすることが第一です。夫婦にとっては、それぞれの人生もありますが、次の世代を産み育てることが最優先の課題だからです。

父性原理と母性原理

 人間には父性と母性の両面があり、この機能をうまく活用することが、子育てにおいて重要だとされています。河合隼雄さんの『母性社会日本の病理』(中公叢書)には「母性の生み育てる肯定的な面は周知のことであるが、それは子供をかかえこみすぎて、その自立を妨げるという否定的な面も持っている」とあります。

 もう少し詳しく言うと、母性とは「包含する」力で、よきにつけ悪しきにつけすべてのものを包みこむのに対して、父性は「切る」力をもっていて、ものごとを上と下、善と悪などと分けようとするのです。

 人間社会にも父性と母性の二つの原理が働いていて、日本の文化は母性文化に属しています。つまり、母性原理に基づく文化を、父権的な仕組みによって補償し、安定させてきたのが日本社会の特徴です。

 日本の父親は戦前まで、家父長制度によって立場や居場所が守られていました。父親に次いで長男は、跡取りとして食事の席や内容で優遇されていたのです。職場で名前でなく役職名を呼ぶのは、役職によって組織を維持するという仕組みからです。これらは、本来の意味での父性原理ではなく、男性が母性原理を体現しているにすぎない、と河合さんは言っています。

 それが戦後の民法による家族制度の解体や個人主義化の進展で、一人の人間としての在り方が問われるようになったのに、男性の多くがポジションで生きようとしているので、父性が確立しにくいのが問題だというのです。(『父親の力母親の力』講談社+α新書)

母親化する父親たち

 小学校の先生方に保護者のことを聞くと、共通して感じているのは父親の母親化です。母親が子供を世話しているのと同じように、世話をする父親が増え、それが家庭訪問でも目立つそうです。でも、これでは家庭に2人の母親がいるようなもので、子供にとって望ましい精神環境とは言えません。

 父性は厳しい環境の中で家族が生き残るために生まれたものです。聖書の時代から羊飼いは、オスの羊が1歳になると、リーダー以外を殺していました。一つの群れに大人のオスが何頭もいると、統率できなくなるからです。群れが増えると、優秀なもう一頭を生かして、別の群れをつくります。父性とは、集団を率いるボスは一人という動物社会からの生き方です。ところが、自然に恵まれ、農耕が主だった日本では、そこまでの父性は求められませんでした。

 一方、女性の社会進出が進み、男女共働きが一般的になると、母親が父親の役割もできるようになってきました。するとますます、父親の出番が少なくなってしまいます。大事なことは、そうした実状を踏まえながら、家庭の中で上手に父親の力と母親の力が働くようにすることです。父性と母性は誰にでも備わっているので、子供に対して母親が厳しく、父親がやさしくしてもかまいません。

父親らしく生きる

 父親として大切なこととは何かを考えると、結局、自分自身の生き方になってきます。私はこういう考え方で生き、家族への責任を果たしているという誇りです。

 NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で、青年になった黒田官兵衛の父・職隆(もとたか)が、主君の小寺家のためにいつも危険な戦陣働きをさせられることに不満を漏らす息子に対して、浪人となって播磨に流れ着いた祖父を家臣に取り立ててくれた恩に報い、昔からの家臣団の中で生き抜くにはそうするしかない、と諭す場面がありました。

 父親には社会における自分たちの立場と役割、そこで生きる知恵とルールを子供に教えるのが、大きな責任です。子供にとって父親とは、社会の風を吹き込む人でもあるのです。平穏な家庭と比べて社会のルールは厳しく、理不尽な側面すらあります。父が子に伝える第1命題は「生きよ!」であり、命を長らえ、伝えることが最も大きな価値なのです。

 生きる手立てができると、次には「よく生きる」ことが目標になります。子供がそうするよう願うには、親自身がそう生きていなければなりません。それは、言葉にしなくても、自分自身で胸に響いてくることです。つまり、不格好でもがきながらであっても、常に自分らしく、よりよく生きる姿を子供に見せることが、今の日本社会において、父親が父性を発揮する生き方だと思います。