親育て子育て 16
あまえ子育てのすすめ

(APTF『真の家庭』186号[2014年4月]より)

ジャーナリスト 石田 香

日本の伝統的な子育て文化「あまえ子育て」を見直そう

心の安全基地

 子供の心の成長にとって重要な乳児期における母子の愛着関係を、日本の伝統的な子育て文化から「あまえ子育て」と名付け、その啓発・普及に努めているのが、高知県在住の小児科医でNPO法人「カンガルーの会」理事長の澤田敬さんです。『子どもと生きる あまえ子育てのすすめ』(童話館出版)という著書があります。同書を基にしながら、日本文化に根差した子育てについて考えてみます。

 人はほかの人たちとかかわり合いながら成長し、社会生活を営むようになります。幼児期に子供は親にかわいがられることで、親は自分をどこまでも守ってくれる、という安心感を持つようになります。そうした母親像、父親像が子供の心の中に写真のように取り込まれることで、子供の「心の安全基地」がつくられるのです。

 そうなると、子供は心の中の父親像、母親像に見守られて、1人で外の世界に歩み出すことができます。そこでちょっと不安になったり、疲れたりすると、いつでも温かく迎えてくれる心の安全基地に帰り、しばらくの間休んでエネルギーを蓄えると、またもう一度出発することができます。こういうことを繰り返しながら、子供は成長していくのです。

 心の安全基地は「家庭」と言い換えてもよく、いじめに遭ったり、不登校になったりしたときも、安心できる家庭のあることが、子供にとっては救いになります。

 澤田さんは、願わない出産をするシングルマザーなどが、児童虐待などを起こしやすいことから、母子検診の時に事情をよく調べ、そうした女性には、保健婦を相談相手に当てるようにして、児童虐待の防止に成功しています。実の母のように、育児に戸惑うことを気軽に相談できる人がいると、ストレスを溜めることも少なくなります。

日本は子供の天国

 地域の集まりなどでも、赤ちゃん連れの女性がいると、その子を中心に人の輪ができ、誰もが赤ちゃんをかわいがろうとします。こうした赤ちゃんとの接し方が日本の子育て文化の特徴で、つまり「あまえ子育て」だと澤田さんは言います。

 幕末から明治初期に日本を訪れた欧米人の多くが、日本の子供たちが大人たちにかわいがられ、大切に育てられていることに驚いています。

 大森貝塚の発掘で知られるアメリカの動物学者モースは、「私は日本が子供の天国であることをくりかえさざるを得ない。世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない。ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい」(『日本その日その日』)と書いています。

 東北や北海道を旅行し『日本奥地紀行』を著したイギリスの女性旅行家イザべラ・バードは、日光での見聞を次のように書いています。

 「私はこれほど自分の子どもに喜びをおぼえる人々を見たことがない。子どもを抱いたり背負ったり、歩くときは手をとり、子どもの遊戯を見つめたりそれに加わったり、たえず新しい玩具をくれてやり、野遊びや祭りに連れて行き、子どもがいないとしんから満足することがない。他人の子どもにもそれなりの愛情と注意を注ぐ。父も母も、自分の子に誇りをもっている。毎朝6時ごろ、12人から14人の男たちが低い塀に腰を下ろして、それぞれ自分の腕に2歳にもならぬ子どもを抱いて、かわいがったり、一緒に遊んだり、自分の子どもの体格と知恵を見せびらかしているのを見ていると大変面白い」

 彼らが日本人の子育てに感心したのは、個人主義が基本の欧米では、乳幼児は早くから親と分離し、厳しく育てるのが基本だったからです。戦国時代に日本にやって来た宣教師のフロイスは「われわれの間では普通鞭で打って息子を懲罰する。日本ではそういうことは滅多におこなわれない。ただ言葉によって譴責(けんせき)するだけである」(『日欧文化比較論』)と書いています。

抱っこや添い寝

 あまえ子育ての基本は「抱っこ」です。赤ちゃんは一番安心できるところだった子宮の中を覚えているので、生後2か月くらいまでは、胎児と同じように「丸くなる抱っこ」をします。その後は、赤ちゃんが望むような姿勢で抱っこします。お父さんも抱っこすることで、子供との間の絆をつくるようにします。

 首がすわってくると「おんぶ」ができるようになります。お母さんの背中に赤ちゃんを背負う日本流のおんぶは、親子関係を研究している世界の人たちから高く評価されているそうです。お母さんの背中の温もりが赤ちゃんに伝わり、お母さんの好ましいイメージが取り込まれるからです。

 お父さん、お母さんと川の字になっての「添い寝」も、子供は大好きです。一緒に「お風呂」に入ることも、親子のいいコミュニケーションになります。ところが、澤田さんがカナダやドイツの国際学会で、父親が女の子と一緒に入浴している写真を見せると、「ヨーロッパでは児童虐待になる」と言われたそうです。違う文化圏では気を付ける必要があります。

 「一緒に遊ぶ」「わらべ歌を歌う」「絵本を読んであげる」など、伝統的に行われてきたことを、祖父母などの話を聞きながら、若い両親は心掛けることです。若いママたちの集まりに、子育て経験のある女性に来てもらい、相談に乗ってもらったりするのもいいでしょう。昔は普通にあった家族や地域での子育てを、工夫してつくることです。

 自分が親にあまえた思い出のない両親は、子供をどうあまえさせたらいいか分からないということがあります。でも、赤ちゃんには親にあまえたい本能があるので、その希望を叶えるように付き合っていると、親自身の中にあった自分の親への不満が解消されていきます。典型的なのは、幼児虐待の世代間連鎖も断ち切れることです。子育ては親育てにもつながることが、最近の脳科学で明らかになっています。