夫婦愛を育む 67
「…のために働いているんだよ」

ナビゲーター:橘 幸世

 60代後半のGさん夫婦は、お子さんたちが自立し、現在二人暮らしです。
 ご主人は定年後5年間、再雇用でそれまでと同じ会社に勤務していました。再雇用により契約社員となって働く場合、同じ業務を担っていても定年前より給与が少なくなったり、立場が変わったりすることもありますので、不本意な思いを抱く人もいるでしょう。

 Gさんのご主人がどんな思いで働いていたか知る由もありませんが、再雇用で働いていた時のある晩、穏やかな口調で奥さんにこう言ったそうです。

 「○○さん(Gさんの名前)のために働いているんだよ」

 どんな話の流れでその言葉が飛び出してきたか、もう覚えていないそうですが、一日の終わり、二人で枕を並べて会話をしていた時のことでした。

 Gさんには思いもよらない言葉でした。
 もちろん、生計の主たる担い手はご主人です(彼女もパートで働いていました)。定年後も働き続けてくれたおかげで、経済的に安定した生活が送れました。ただ、働いているのはご主人自身も含めた二人の生活のため、さらにはサポートすべき親族もいましたので、そのためでもあると、Gさんは普通にそう思っていました。

 予期せぬその言葉に彼女は、それまでと違った次元でご主人の愛情を感じました。目が開かれたような感じだったそうです。

 もしかしたら、夫は定年後は他の道を望んでいたのかもしれない、でも現実はそう容易ではないし、妻が安定を望んでいることを知っていたので、再雇用を選択したのかもしれない…。
 そうGさんは思いました。

 もともと夫婦仲が良く、日本人男性にしては具体的に愛情表現をしてくれるご主人だそうですが、それまでに聞いた彼の言葉や受けた行為のどれよりも、彼女はその言葉にご主人の愛をずっしりと感じたそうです。

 男性にとって仕事がどれほど重要かを知っているだけに、「夫がそれを自分のためにしてくれている…!」、そのことの重みを日がたつにつれしみじみと感じたといいます。

 その話を聞いて私は、日常の中に見る、男性の究極の愛の一つの形ではないかと思いました。