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通いはじめる親子の心 9
子供の気持ちを理解していますか

 アプリで読む光言社書籍シリーズ第6弾、『通いはじめる親子の心〜子供の気持ちに「共感」する』を毎週火曜日配信(予定)でお届けしています。

多田 聰夫・著

(光言社・刊『通いはじめる親子の心〜子供の気持ちに「共感」する』より)

第二章 親の愛情が届いていない

子供の気持ちを理解していますか
 子女教育についてさまざまな本が出版されています。その多くに、親が変わらなければならないとか、親が問題であるなどと書かれています。親としては、なかなかつらいものがあります。では、親はどのように変わったらよいのでしょうか。

 子供には、自分の部屋くらいは片付けてほしいものです。ですから、部屋を片付けない子供を見ると、つい、「自分の部屋ぐらいは片付けなさい!」と言ってしまいます。朝、自分で起きてこないときなどは、「早く起きなさい。自分で起きなければいけないでしょ!」。学校に行かない子には、「学校に行きなさい!」と怒鳴ってしまいます。

 子供の行動を変えたいと思うのが親でしょう。朝起きてこない子供に「早く起きなさい」と叱り、「テレビばかり見ないで、勉強しなさい」と怒ります。なかなか教会に行きたがらない子供に、教会に行くようにさせたいのです。

 しかし、子供はなかなかそうしようとはしません。そんな子供の姿を見て、子供に対して、むかつき、怒ってしまいます。そして、子供に対して悪い印象を抱いてしまうのです。

 でも、勉強しない子供の気持ちを分かってあげたことがあるでしょうか。教会に行かない子供の気持ちを分かってあげようとしたことがあるでしょうか。

 親は、このままでは子供はどうなってしまうのだろうと心配になって、一言、きつい言葉を言ってしまうのです。その結果、子供はどうなるでしょうか。「分かっているよ!」と、つい反抗的になり、何も返事をしないといった態度に出てしまうことが多いのです。

 親の愛情が子供に届くためには、子供の気持ちを感じたい、共感したい、分かち合いたい、という心情を先立たせて子供に接することが大事です。そのためには、子供の行動を変えたいという動機からではなく、まずは子供の気持ちを分かりたいという動機を持って、子供の話を共感的に聞くことです。

 そうすることによって、子供は、親の愛情を感じ、素直な心を表現してくれるようになるのです。そして、子供は、親の願いを理解して、自ら行動を変えていこうとするのです。

 一つの例を通して、このことを考えてみましょう。スティーブン・コヴィー氏の『ファミリー 七つの習慣・家族実践編』(キングベアー出版)の中の例を用いて考えてみましょう。

 これは、なかなかうまくいかない父と息子が、コヴィー氏に相談しながら、次第に一つになっていく話です。父と息子が仲直りしていくのは、そう簡単ではなかったことでしょう。父と息子が、仲直りできたポイントを考えてみましょう。

 父親によれば、この息子は、「反抗的で、感謝の気持ちを一切表さず、いつもふてくされている」という。

 父親:「どうしたらよいか、さっぱり分からないんです」

 コヴィー:「多分、息子さんは自分が理解されていないと感じているのだと思いますよ」

 父親:「息子のことはもう十分に分かっているんです。それに私の言うことを聞けば、万事うまくいくってことも」

 コヴィー:「息子さんのことを全く理解していないと、仮に考えてみてはどうでしょうか。白紙に戻すだけでいいんですよ。評価したり裁いたりせずに、彼の言っていることを聴けばいいのです」

 それで、父親は息子のところへ行って、次のように切り出した。

 父親:「私はおまえの話をもっと聴かなくっちゃいけないな。たぶんおまえのことをあまり理解していなかったと思うので、もっと理解できるようになりたいんだ」

 息子:「パパが僕のことを理解したことなんかないよ。一回たりともね」


 父親:「コヴィーさん、駄目でしたよ。私は言いたくなりました。私が何をしてやろうとしているのか分からないのかとね。もう希望はないですよ」

 コヴィー:「息子さんはあなたの誠意を試しているのですよ。あなたは、本当に息子さん のことを理解したいとは思っていないですね。あなたが望んでいるのは、息子さんの行動を改めさせることだけなんですよ」

 父親:「行動を改めないと駄目です。あの坊主は。息子は自分のやっていることが悪いことだとよく分かっているはずなんですよ」

 コヴィー:「あなたの心は、裁く気持ちでいっぱいなのです。上辺だけの傾聴のテクニッ クを使って息子さんを改めさせることができると思いますか。あなたは自分の頭の中、自分の心の中から働きかけなければならないのですよ。そうすれば、やがては無条件に息子さんを愛することができるようになるはずです。彼が態度を改めるまでその愛を出し惜しみせずにね」

 父親は今まで上辺のテクニックを使っているだけだった。誠心誠意、人の話を聴くために必要な力を与えてくれる自分の内面を変える努力をしていないことを悟った。

 父親はやがて自分の内面が変わり始めているのを感じた。息子に対する気持ちが、柔らかく、感受性に富んだものになっていった。

 ある夜、父親は息子に声をかけた。

 父親:「私は今まで本当の意味でおまえのことを理解していなかったということに気が付いたよ。今は、努力してみたいんだ。これからもその努力を続けるということを、おまえに知ってほしいんだ」

 息子:「パパは僕のことを絶対に理解できないね」

 そして、立ち上がってドアに向かった。父は、息子に向かって言った。

 父:「行く前に、一つだけ言いたいことがあるんだ。この前、友達の前で恥ずかしい思いをさせて悪かった。ごめんよ」

 息子は、振り向いた。

 息子:「どれだけ恥ずかしかったか、パパには分からないさ」

 そして、息子の目には涙が溜(た)まり始めていた。

 後で、父親がこのことを私に伝えた時、次のように説明した。

 父親:「コヴィーさん、息子の目に涙が浮かんだのを見た瞬間、予想以上の衝撃が私を襲ったんです。彼がそれだけ傷つきやすく、それだけ感受性豊かであるということを、今まで全く知りませんでした。その時初めて息子の話を本当に聴いてみたいと思ったんです」

 そして、父親はその後、実際に息子の話を聴くことになった。息子は徐々に打ち明け始め、深夜までその会話は続いた。妻が部屋に入ってきて「もう寝る時間ですよ」と催促しても、息子は「もっと話したいんだ。そうでしょう、パパ」と答え、二人はとうとう朝方までしゃべり続けた。(『ファミリー 七つの習慣・家族実践編』から抜粋)

 いかがでしょうか。葛藤していた親子が、見事に一つになっていきました。おそらく何カ月も費やしたことでしょう。父と息子の両方が、想像を超える多くの葛藤をしたことでしょう。父親は、コヴィー氏の協力を得て、あきらめることなく最後まで、息子と向き合っていったのです。

 この父親が転換されるポイントは、どこだったのでしょうか。

 第一は、父親が息子を信頼し愛することができたことです。

 父親は、息子のことを「悪いことをしている」、また自分は「息子のことは全部、分かっている」と勝手に思い込んでいました。そして、息子を信頼できませんでした。さまざまな葛藤の中で、「息子のことを理解していなかったかもしれない」と気が付き、自分が分かっていないことを自覚できたのです。

 第二は、父親が子供に謝ることができたことです。

 父親は、息子が悪いから、それを直したいと思っていました。悪いのは息子で、自分自身が悪いとは思っていなかったのです。親は自分が正しくて、教えなければいけないと考えます。しかし、親にも過ちはあるのです。それを認めて謝ること、それは親にとっては勇気の要ることでしょう。しかし、子供にとっては自分のことを受け入れてくれたと感じられるほど、大きなことなのです。

 第三は、父親が「自らを変えることができた」ことです。

 父親は、子供の行動だけを変えたいと望んでいたのですが、心から息子の気持ちを分かりたいという気持ちに転換されたのです。

 父親は最初、コヴィー氏から言われて、息子の行動を変えたいと願って、子供の話を聞こうとしたのですが、結果が出ないので、すぐに落胆してしまいました。しかしその後、コヴィー氏からさらに助言を受けて、自分自身を自覚できるようになりました。そして子供に謝罪しました。それによって子供の心が開かれたのです。

 自分自身が転換され、息子の行動を変えたいと願う気持ちから、心から息子の話を聞いてみたい気持ちになったのです。その父親の気持ちが、息子に伝わったのです。つまり父親が自らを変えることができて初めて、親の愛が息子に届いたのです。

 日本人は子供を自分のもの、自分の所有物のように考える傾向があります。でも、子供は親とは別の人格です。一人の人間として尊重し、尊敬しなければなりません。そのことをはっきりと自覚することが大切です。(続く)

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 次回は、「一時停止ボタン」をお届けします。


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