周藤健先生の氏族メシヤ講座
宿命の道 26

 今、改めて家庭教会の勝利、神氏族メシヤの勝利の重要性が強調されています。
 そこで新たな段階での出発の時を迎えてこの2026年4月から、「氏族メシヤ」をテーマとした紙上講座(毎週金曜日〈予定〉)をお届けすることとなりました。
 内容は、周藤健先生(43双/2023年12月22日聖和、享年92)が1996年当時に氏族メシヤに関するみ言の解説としてまとめられた冊子『【氏族メシヤ講座】宿命の道』です。30年の月日がたっていますので、必要に応じて用語の表記など、一部、編集部が加筆し、修正を加えました。
 神氏族メシヤ勝利のためにお役立ていただければ幸いです。

第2部
摂理史の勝利者になるために

四、心情文化圏

 近代以降、今日までの科学の世界は、主として観察事実から一般法則を導く帰納的な方法を取ってきました。また、仮説を立て、その仮説から演繹される予測を観察・実験で検証する「仮説演繹法」が基本形として評価されてもきました。たくさんの実験をして、データの中から共通のファクターを引き出して、一つの法則性を発見していく方法などを通して、科学は発展してきました。

 よく語られる逸話として、ニュートンはりんごが木から落ちるのを見て、「万有引力の法則」を発見したといわれています。日常の生活の中で、深い観察や思考をせずにいると、通常なら「あっ、りんごが落ちた。食べられるかな、食べられないかな。虫が入っていないかな」と思うくらいの出来事です。

 ところが、ニュートンはそれを見ながら「あれ、どうして落ちるんだろう」と考えたということです。「動いたということは何かが引っ張ったんだ。だからそこに力があるんだ。その力は何だろう」と考え出したというのです。少し観点を変えてそれを観察してみると、彼はそこに何かのひらめきを得たというわけです。何かひらめいて、彼は万有引力の法則を発見していったのです。そのように考えてみると、科学の発展には、ある直観の世界、ひらめきが相当大きな働きをするといえるのではないでしょうか。

 日本の理論物理学者である湯川秀樹氏(1907~1981年)が、中間子を発見した時のことです。彼は陽子でもなければ電子でもない、中間子というものがどうしても存在しなければならないということを、まずインスピレーションで受けたというのです。それで計算してみると、理論上やはりあるべきだという結論が出てきたのです。最初にインスピレーションが湧き、それから理論が出てきて、ついに実験を通じて中間子を発見したのです。それが日本で最初のノーベル物理学賞(1949年)になったのです。それも一つの直観の世界です。その世界はいわゆる帰納法とは違って、演繹的に天から来るものです。

 ですから、帰納的なアプローチを否定するわけではありませんが、もし人間が直接主管圏に入れば、神様と直通するようになるわけですから、人間はもっと冴えてくるのではないかと思います。もともと、科学的真理はどこから出てきたのかというと、神様から来たのではないでしょうか。宗教的な真理や哲学的な真理だけではなく、科学的な真理も神様から来たのだと思います。神様が真理の根源であられるならば、どこへ行けば真理が発見できるでしょうか。神様と交流すれば、真理が発見できるはずではないでしょうか。

 もちろん、人間としての努力は果たすべきですが、それを超える段階に行けば、新しい啓示は神様から直接来るかもしれないというのです。科学的な真理であっても、なすべきことはなして、もし皆さんの心情が天の心情にそのまま通じれば、その求めるものに対して天が啓示を与えて、真理を示すことができる時がやってくるというのです。ですから、神様からの啓示を、理論を立てて実験していけば、科学はどんなに発達することでしょうか。

 そんな時代を迎えたときに、素晴らしい科学者になるためにはどうしたらいいですか。実験室に入る前にどこへ行けばいいのでしょうか。まず祈祷室に行きます。祈祷室に行って神様に謙遜に祈る人であるべきだというのです。

 直接主管圏に入っていればどうでしょうか。素晴らしいに違いありません。直接主管圏に入るためにはどうしたらいいでしょうか。まず氏族メシヤを勝利しなければなりません。直接主管圏に入って、神様の心情とぴったり一つになれば、そこに無限の真理をくみ出すことのできる道が開けてくるというのです。

 今まで、だれ一人として直接主管圏に住んだ科学者はいませんでした。ですから、直接主管圏において、立派な科学者になるためには、まず氏族メシヤを勝利すべきだという結論に達するのです。これからは直接主管圏に入って、神様の心情に直接触れて、神様を感動させて、神様の真理を直観的にキャッチできるような科学者が出てくることでしょう。すなわち、科学の発展は心情を中心としてなされていくべきだというのです。

 では、音楽の世界はどうでしょうか。例えば、ピアニストは楽譜を読みながら、ある一つの情感の世界を持ちます。その情感の世界が、ピアノという実体を通じて美となって流れていくのです。聴衆は、その音楽を聴いて美を感知し、ピアニストが持っている情感と同じ情感を経験するのです。ピアニストの持っている情感の世界と、聴衆の情感が共鳴現象を起こす時に、ピアニストと全聴衆が共に同じ喜びを経験し、わき立つような喜び、感動の世界を覚えるのです。これが音楽の世界です。

 永遠の価値を持った音楽を作り出したいと思ったら、その音楽家は一番初めに何をしたらいいのでしょうか。音楽学校に行ってピアノを習うことも必要でしょうが、それ以上に、本然の世界において本質的に必要なものとは何でしょうか。それは氏族メシヤをなして、直接主管圏に入り、神様の心情の世界を体恤(たいじゅつ)することが重要であるというのです。

 絵の世界も同じです。ピアノが、キャンバスや絵の具になるだけです。声楽家も、ピアノの代わりに喉を使うだけです。バレリーナも彫刻家も同じことです。

 ですから、心情が天的なものか、サタン的なものかによって美の価値も天的な美か、サタン的な美かが決まってくるのです。このように科学、技術、芸術、その他の学問、全ての面で神様の心情を中心とした新しいレベルの文化圏が出てくるべきだというのです。

 これがすなわち心情文化圏です。今までの文化圏は天使長的な間接主管圏内の文化圏でした。真のお父様は「アダム文化圏」とおっしゃいますが、これからは勝利したアダムの文化圏、すなわち直接主管圏の文化圏が始まってくるのです。これがすなわち、私たちが毎日「家庭盟誓」で唱えている心情文化なのです。

 ですから、心情文化の世界は氏族メシヤの勝利なしには実現することができません。少し考えてみてください。氏族メシヤを一つ完成すれば、「家庭盟誓」は全部完成できるのです。一つだけでも集中してやっていけば、気付いた時には氏族メシヤを勝利しているのです。そのようになっているのです。真のお父様は、何か一つだけでも選んで勝利しなさいとおっしゃっています。