日本人のこころ 114
源信(3)『往生要集』―地獄の思想から世俗倫理へ

(APTF『真の家庭』335号[2026年9月]より)

ジャーナリスト 高嶋 久

長岳寺の地獄絵図
 日本最古の道といわれる「山の辺の道」のほぼ中間、奈良県天理市にある高野山真言宗の長岳寺は、本尊が真言宗には珍しい阿弥陀三尊です。

▲長岳寺(ウィキペディアより)

 ショウブやツツジなど花の寺としても有名ですが、本堂にある9幅の軸から構成されている地獄絵図は必見です。

 冥界の入り口である墓地から罪問間樹、死天山、三途の川、奪衣婆、賽の河原、八大地獄、餓鬼道、畜生道、修羅道などすさまじい情景が描かれています。江戸時代から参詣者を対象に住職が、絵を見せながら因果応報や勧善懲悪の教えを説き、先祖供養や中陰、逮夜、年忌の意義を伝えていました。今でも11月には、観光客向けに住職が地獄の絵語りをしています。

 中でも身につまされたのは、獄卒に追われた罪人が木の下に至ると、樹上に絶世の美女がいて、「ここまで来て私を抱いて」と誘惑。喜んで木を登っていくと、鋭い刃物の木の葉が罪人の身体を切り刻み、自分の欲望が自らの身心を傷つけるという地獄の絵です。

 このように仏教の地獄は現世の反映であり、この世の罪や悪のイメージがリアルな絵に描かれているのです。もっとも、最後の第9軸では様相が一変し、極楽から阿弥陀如来が聖衆を引き連れて極楽往生する人を迎えにくる「聖衆来迎図」になっています。

 地獄の絵がバラエティーに富んでいるのに対して極楽の絵は単調で、あまり現実感がありません。地獄の恐ろしさを実感的に伝え、信仰心を起こさせるという意図は源信の『往生要集』と似ています。

悪は絶対的なのか
 地獄絵が盛んに描かれるようになるのは、民衆の間に仏教が広まった江戸時代です。それに伴い、地獄の概念も一般庶民に浸透していくのですが、民衆はお寺に多額の布施をする財力はなく、「どう考えても地獄に落ちてしまう」と悩むようになりました。そこから生まれたのが、怖い地獄絵図を漫画のように描く地獄のパロディー化で、落語では「地獄めぐり」が語られています。

 「地獄めぐり」は、亡くなった人たちが、賽の河原や三途の川渡り、六道の辻、閻魔の庁などを訪れ、閻魔大王から裁定が下されます。それぞれの罪で裁かれた4人の男が地獄に行き、あれこれ手を使って鬼たちを困らせるという笑い話です。大衆文化が成熟した江戸時代に、日本人の地獄観も豊かになりました。

 私はハリウッド映画の「エイリアン」を見て、違和感を覚えたことがあります。「エイリアンを滅ぼすだけでいいのだろうか、彼らにも家族がいるだろうに…」と。少し極端な言い方をしますと、悪は滅ぼせばいいとするのがキリスト教の善悪観で、同作もその観点から制作されています。しかし、滅ぼしても滅ぼしても悪はなくなりません。善と思えるものの中にも悪は宿っているからです。

 それに対して釈迦は、現世の実態を「罪」ではなく「苦」だと見抜きました。罪は自分の努力では解決のしようがないのですが、苦は何とかなります。そこから、目の前の現実に誠実に向き合い、最良の方法をとるよう勧めたのです。

 例えば、矢が刺さって苦しみながら、「誰が射たのか」「矢は何でできているのか」「弓はどんなものか」といったことを知ろうとする人に、「それより先に矢を抜き、治療しなさい」と諭しています。

 また、「死後の世界がどうなのか知りたい」と聞く弟子に、「考えても分からないようなことを考えるより、今をまじめに生きなさい」と教えています。こうした仏教の現実主義が現世利益的な日本人の心性に合ったので、仏教はスムーズに受容されたのでしょう。

今を生きる
 興味深いことに神道には「中今」という思想があります。今この瞬間を大切に生きるという教えです。過去も未来も「今」という時にあるという時間観で、これは、過ぎ去った過去を悔いたり、どうなるか分からない未来を心配するより、今を大事にしなさいという仏教の時間観に似ています。

 地獄の思想は儒教と相まって、江戸時代に武士から曹洞宗の僧になった鈴木正三や石門心学を開いた石田梅岩らにより現世で善行を積むという、日本的な勤勉の思想に発展します。これは、ヨーロッパで資本主義を発展させたプロテスタンティズムの倫理と同じだと主張したのが、イザヤ・ベンダサンの筆名で書いた『日本人とユダヤ人』がベストセラーになったクリスチャンで評論家の山本七平です。

 浄土真宗には、阿弥陀如来に救われて浄土に行く往相と、救われた立場から現世に還って衆生を救うという還相の「二種回向」の教えがあります。これは、神に救われるかどうかはすでに決まっていて、現世でそのように振る舞うことが救われている証になるというカルヴァンの「二重予定説」と心理構造がよく似ています。どちらも宗教に基づきながら、今をよく生きるという世俗倫理に発展したものです。

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