2026.09.16 17:00

共産主義の新しいカタチ 124
現代社会に忍び寄る“暴力によらざる革命”、「文化マルクス主義」とは一体何なのか?
国際勝共連合の機関紙『思想新聞』連載の「文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜」を毎週水曜日配信(予定)でお届けします。(一部、編集部による加筆・修正あり)
根底に唯物還元主義の無機的世界観
ヘルベルト・マルクーゼ(下)②

死を敗北と見たマルクス主義とは異なる
さらにライヒとマルクーゼは共に「性の解放」を叫んだマルクス主義者と位置づけられますが、両者の相違点としては、フロイトにおける「タナトゥス」(死への本能)の捉え方にあります。死を欲望するタナトゥスという暗い情念について初期フロイトでは言及しません。このため、ライヒは沈黙します。
大多数のマルクス主義者にとり、「人間の死」とは「敗北」を意味します。長じて日本共産党の委員長となる宮本顕治が芥川龍之介の自死をイデオロギー的な「敗北死」と捉えたことがその典型です。「死ねば終わり」という価値観の唯物論者にとり、「死は敗北」を意味しました。連合赤軍事件で「自己批判と総括」を迫られ、リンチの果てに死んでいった自称「革命家」メンバーらは「敗北死」と捉えられたのです。これは紅衛兵を煽動した中共の文化大革命と同じ発想です。
マルクーゼはかつて「3M」ともてはやされましたが、3Mのうち、毛沢東やマルクスと異なるのは、タナトゥスについてある程度言及しているからです。
「無機的な世界の静寂さへの回帰」として「フェヒナーの恒常均衡の原則に支配され、生命は死に向かって絶えず下降していく」としています。一見、矛盾するように見える生の本能と死の本能は「矛盾」するわけではなく、「快楽と死の恐るべき融合」(=「ニルヴァーナ原則」)が成り立ち、人間は死を渇望する本能があるというのです。
しかし、鬱(うつ)病による自殺願望のある人は「本能」のせいにされてしまいかねません。死を「快楽の成就」としか見ず「興奮の自由な放出=満足」と捉えるのは、まさに「唯物還元主義的価値観」にほかなりません。
死=無に帰す即物的還元主義思想に
後期フロイトの本能論を敷衍(ふえん)し、「死への本能」(タナトゥス)を快楽(満足)と見なすニルヴァーナ原則を強調したのがマルクーゼの主著『エロス的文明』です。しかしそれは、死ねば終わりという唯物還元主義にほかならず、伝統的に宗教が担ってきた死生観の機微を汲(く)み取ることはできません。
(続く)
★「思想新聞」2026年8月1日号より★
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