世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

米国が国際刑事裁判所・赤根所長に制裁を表明

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は、817日から23日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。

 米韓合同軍事演習「自由の砦」を開始(817日)。韓国与党の新代表に金民錫(キム・ミンソク)前首相を選出(17日)。トランプ政権、国際刑事裁判所(ICC)所長である赤根智子氏に対する制裁を表明(18日)。日豪防衛相会談、ミサイル試験協力で合意(18日)。米朝首脳が今秋の会談を模索と、米ウォール・ストリート・ジャーナルが報道(18日)。米国がイラン制裁発動を表明(19日)。ロシア太平洋艦隊が北方領土付近でミサイル演習(20日)。中国・インドネシアが外相会談で戦略対話(21日)。イラン・ペゼシュキアン大統領が戦争終結に言及(21日)、などです。

 トランプ米政権が818日、ICCのトップである赤根智子所長と、セネガル出身の上級法廷弁護士アブドゥラ・セイエ氏を制裁対象にすると表明しました。

 制裁の内容は、両氏が米国内に持つ資産の凍結および米国内の企業・個人が両氏と取引を行うことの禁止です。発効は917日からとなります。
 ビザカード、マスターカードといった米企業が展開するクレジットカードの使用も困難となり、米銀行の利用もできなくなると想定されています。

 多くのメディアは、「暴挙」などと批判していますが、トランプ政権が異常だから、と単純に考えることは避けなければなりません。

 トランプ政権はこれまで、ICCがイスラエルのネタニヤフ首相とガラント国防相への逮捕状を発効した(20241121日)ことを深刻な問題として受け止めました。この時は、同時にハマスの司令官デイフにも逮捕状が出されています(713日の空爆で死去)。

 米国は、ICCの役割・権限が発足当時に比べて大きく変化してきているとみています。
 米国は、国内の司法制度の中で犯罪が処罰できる仕組みが整っている、成熟した民主主義国であるから、国内の制度で十分である、だから国内の判断を超えた判断をICCに委ねる必要はない。そんなことをすれば国家主権を揺るがすこととなるとみているのでしょう。
 ICCがその役割である「補完性の原理」を逸脱している、というわけです。

 ICCは、200271日に設立されました。米国は設立の準備段階からICCの在り方に疑念を呈してきた歴史があります。ICCの設立条約である「ローマ規程」について、当時のクリントン大統領は条約の「重大な欠陥」への懸念を明確に述べ、議会での批准手続きを求めませんでした。

 重大な欠陥とは、ローマ規程を議会で批准してしまうと、ローマ規程に米国が完全に拘束されることになるのではにないか、それは絶対に避けなければならない、というものです。「補完性の原理」の逸脱です。

 しかし結果としてクリントン氏は、署名期限だった20001231日に署名することとなりました。署名することで米国が条約の運用ルール作りに関与し続けられることになるのではないかと考え、「根拠ない追訴」から米国当局者を守る道を開こうとしたのです。

 その後に誕生したブッシュ政権(2001年)は、クリントン大統領が行った署名を撤回しました。
 政府機関や地方自治体がICCに対して協力することを禁止する米国軍人保護法を制定し、各国に米国人を引き渡さない2国間協定を求め、拒む国への軍事援助を制限する動きにも出たのです。
 さらに、オバマ政権でも米国人にICC管轄権を及ぼさせることには反対の姿勢を貫いています。トランプ政権だけが異常だというわけではないのです。

 トランプ政権では、2020年には米軍がアフガニスタンで行った戦争犯罪を行った疑いについて捜査する動きを見せたことに対して、ICCの検察官らに対して米国内の資産を凍結するとともに、入国を禁止する大統領を発令しました。

 既述のように、ICC20241121日、ネタニヤフ首相とガラント国防相への逮捕状を発効しましたが、その理由は、人道支援物資がガザ地区に持ち込まれるのをイスラエル側が阻止したのは許されないというものです。
 しかしイスラエルはこれまで、人道支援物資をガザ地区で分配する国連組織(UNRWA)やNGO(非政府組織)がハマスを支援する動きを見てきているのです。判断に偏りがあるといわざるを得ません。

 ガラント国防相は、ICCの決定が「イスラエル国家と、ハマスの人殺し幹部たちを同列に並べ、それによって赤ちゃん殺しや女性の強姦、高齢者を寝床から拉致するという行為を正当化した」と批判しているのです。

 ルビオ国務長官は7月の声明で、ICCを「国家主権への看過できない脅威」と呼び、その解体を目指す方針を明言しました。「改革」ではなく「解体」です。
 その理由は、ICCは設立段階では最も重大な犯罪を裁くための狭い範囲の「最後の砦」(補完性の原理)だとされてきました。しかし今や、ICCとその同調者たちは、ほぼ無制限の管轄権を持つ常設の世界法廷を目指すようになっているというのです。

 ICCへの疑念は、その「不公平」「不公正」にも向けられています。
 ICCは2020年、亡命ウイグル人が求めていた中国による弾圧に関する捜査要請を退けています。中国はICCに加盟していないので、中国国内で行われている行為についてICCに管轄権はないというのです。

 亡命ウイグル人の訴えは、人口抑制を目的とした不妊手術や強制移住は「国際人権法に抵触するのではないか」というものです。しかしICCは、「恐れはあっても人権に対する罪に当たらない」との判断を示しました。
 民族浄化の手段として使われる強制不妊手術が、子供を持ちたいと願う女性たちに対する深刻な人権侵害とはいえないというのです。ICCに対して特定の政治的立場が強く影響しているのではとの疑念は強いのです。

 日本外務省は、「大変残念だ」とする報道官談話を発表しています。
 「国際社会における最も重大な犯罪の処罰と撲滅、法の支配の徹底のため、常設の国際刑事法廷であるICCを一貫して支持してきている」との立場を表明し、ICCを解体しようとする米国の立場とは明らかに異なります。
 日本は、赤嶺氏を「守る」ために力を尽くすことになりますが、日米関係を犠牲にすることはできません。

 水面下では米国との協議が進められています。今後の推移を注目していきたいと思います。



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