2026.07.06 22:00

魚谷さんの宗教講座 22
仏教編㉒
鎌倉新仏教と「易行の専修」
ナビゲーター:魚谷 俊輔(UPF-Japan事務総長)
平安末期から鎌倉時代にかけて現れた「鎌倉新仏教」と呼ばれる一連の現象の背景と特徴をまとめると、以下のようになります。
11世紀中頃から政治形態が変化し、武士政権へと移行して行きます。その中で権力闘争が激化し、殺し合いがたくさん起こったので、人々の不安が増したという社会背景がありました。
そうした中で、それまでの官僧を中心とした仏教から脱却し、国の護持から民衆の救済に仏教の目的が移っていったのです。
そして比叡山で仏教を学んだものの、その比叡山(ひえいざん)が世俗化して堕落していたという現実に幻滅して、「遁世僧(とんせいそう)」となった者たちを中心として、日本人を宗祖とする新しい仏教が出現しました。それらを一般に「鎌倉新仏教」と呼んでいます。

鎌倉新仏教には大きく分けて三つの流れがあり、浄土(じょうど)系と日蓮(にちれん)系と禅(ぜん)系に分けられますが、どれも救済の手段が非常にシンプルになっていくという特徴があります。
これを「易行(いぎょう)の専修」といいます。何か一つのことに集中すれば救われるんだ、ということです。多くの戒(かい)を守り厳しい修行をして悟りを開くというような複雑なことは言わないで、「これさえやれば大丈夫!」ということを多くの人が主張するようになったのです。
浄土系は、とにかく「南無阿弥陀仏(なみあみだぶつ)の念仏を唱えよ!」と言いました。念仏に集中したわけです。
日蓮系の場合には、「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)のお題目を唱えよ!」と言いました。「南無妙法蓮華経」は、念仏ではなく「お題目」といいます。とにかくお題目を唱えれば救われると言いました。禅宗の場合には、ただひたすら座って、「座禅に専念せよ!」と言いました。
このように、従来の貴族や僧侶にのみ可能な複雑な理論や修行が廃されて、念仏や唱題のように易しい行に専念することで十分とされ、それによって仏教が民衆のものとなっていくわけです。すなわち、民衆を相手にしているので、救いの方法が単純化されていったのが鎌倉新仏教の特徴です。
この鎌倉新仏教を、プロテスタントの宗教改革になぞらえて理解する言説を時々見かけます。比叡山延暦寺(えんりゃくじ)をカトリック教会に見立て、その腐敗堕落に対抗して民衆の宗教を提示した、仏教版の宗教改革だったというわけです。
プロテスタントも「聖書のみ」や「信仰のみ」といった救済の単純化を主張しましたので、宗教現象として比較して見るときに、いくつかの類似点を発見することは可能だと思います。
(次回に続く)