2026.06.02 12:00

アングル~情報戦に勝て。197
迷走する「解釈」、どうなる日本!
「悪法もまた法なり」(どんなに不条理な法律であっても、社会の秩序を守るためには従わなければならないという意味)というが、厄介なのは「解釈」の問題である。
最近よく使われるのは「ゴールポストを動かす」というフレーズ。物事が進行中であるにもかかわらず、合意していたルールや条件、評価基準を一方的に後から変更することを意味する比喩表現だ。政府も、司法府も、臆面もなくやたらとゴールポストを移動させてはいまいか。
一夜にして変更される「解釈」。ご都合主義がまん延し、結論ありきで証拠主義(証拠裁判主義)の原則がなし崩しにされてはいないか。権力の乱用が目に余る。
日本社会は一体どうなってしまうのか。
今回紹介するのは、世界日報(デジタル版、2026年6月2日6時30分配信)掲載の「【寄稿】東京西バプテスト教会牧師 黒瀬 博(下)財産処分は信教の自由侵害」の見出し記事。
「家庭連合」問題は対岸の火事ではない。とりわけ宗教者は自らと自らの団体についてオーバーホール(分解点検)する必要がある。さもなければ、「解釈」の変更によって、自由の拘束を行使されてしまうのが今の日本社会なのである。
東京西バプテスト教会牧師、黒瀬博氏は寄稿の中で、文科省の対応をこう断罪する。
「民法上の不法行為によりその会社の資産が国庫に入ることなど考えられない。民間会社を例として考えるとよく分かる。社員が不法行為を行ったので、それは会社の責任であるということで、会社に対して解散命令が下されたとしよう。すると、清算人が現れて、債権者を探し、負債を支払う。しかし、通常の破産ではないので、残余財産が残る。それを国家が没収したとしよう。そういうことは実際には起こらないのだが、今回の解散命令ではそれが起きる可能性があるということだ。
結局、このような混乱の原因は文科省が解散命令を裁判所に請求したことにあるわけで、もっと妥当なやり方があったはずだ。つまり行政指導でよかった。このような不当な結末を招いた文科省の責任は絶大で、いずれ天の声として文科省に対する解散命令が下ることになるだろう。天の秩序を甘く見てはならない」
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(則)
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