2026.05.23 22:00

ほぼ5分で読める統一運動 99
中国と、唯物論、無神論の限界
稲森 一郎
共産主義は、1991年のソ連崩壊後もしぶとく生き残っています。
「神のもとの人類一家族世界」という理想世界の実現を目指す統一運動は、文鮮明(ムン・ソンミョン)師の聖和された2012年以降、家庭連合(統一教会)の第二教主であるホーリーマザー・ハン、韓鶴子(ハン・ハクチャ)総裁の主導によって、地球上のあらゆる国々で力強く展開されてきました。
この統一運動を阻止しようと必死に妨害を加えてきたのが、国際共産主義であり、日本の左翼勢力です。
残念ながら、2025年4月13日の重要式典「天苑宮・天一聖殿入宮式」が挙行されたのち、日本と韓国での国家的迫害が家庭連合に対して本格的に実施され、日本では、家庭連合の宗教法人取り消し、韓国では韓鶴子総裁の拘置所拘留という大災難の事態となりました。
理由はいろいろありますが、一番大きな問題は地球規模の巨大な思想戦の決着がまだ付いていないということです。
韓鶴子総裁が自叙伝の中でこう語っています。
「1990年になり、人々は今後、世界がどのように変化していくかについて、様々に意見を交わしました。確かに、表向きは和解の時代に入りましたが、水面下ではなおも冷戦の不気味な潮流がうごめいていました。また、世界の三分の二を支配していたソ連は、自由主義の国々を共産化しようとする野心を捨てていませんでした」(『人類の涙をぬぐう平和の母』、218ページ)
ソ連が崩壊し、ロシアに代わったとしても、共産主義の全体主義的特徴、独裁国家の強権政治の体質は全く変わっていません。現在のウクライナ戦争を見れば分かります。
韓鶴子総裁の見解は、「共産主義との戦争は、政治体制や単純なスローガンの闘いではありませんでした。『神はいるのか、いないのか』という問題だったのです。その戦争の真の目的は、共産世界を解放して神様を迎えるようにすることでした」(同、218ページ)という本質的なところに目が向けられており、唯物論や無神論といった思想を振りかざしている限り、共産圏にいる人々に救いがもたらされることはありません。
それは、中国も全く同じです。ロシア以上に無神論や唯物論に忠実な態度です。
共産主義政権である中国は、なぜ嫌われているのでしょうか。アフリカや中南米国家の開発途上国家は中国の経済支援にだまされて、中国に引っ張られていますが、やがて、「債務の罠」に陥る悲劇の運命が待つだけです。
中国国民の「民度」の低さ、中国国家の「品格」のなさ、中国は上から下まで、まるで道徳倫理のひとかけらもないようなヤクザ国家になり下がっています。この事実を中国人も認めており、嘆いています。
例えば、邱海涛氏の書いた『悠久の大地と歴史がダメにした、とても不幸な中国人』(宝島社)などを読むと、もともと、中国の大地は戦乱に満ちた不幸な歴史に彩られていて、決して、倫理道徳の高いお国柄ではなかったといいます。
特に中国が悪くなったのは、毛沢東が政権を執(と)ってからの中華人民共和国という共産政権下において、倫理道徳は雲散霧消したといいます。
中国人はなぜ堕落しているのか。それは宗族文化(一族の家族制度を中心とする文化)が急に抹消されてしまったからだといい、宗族文化を取り締まったのが毛沢東であったというのです。
毛沢東は、宗族文化は共産主義革命の遂行にとって最大の邪魔物であると断罪したのです。宗族の崩壊後に中国人は狂い始めたと邱海涛氏は嘆いています。
悲しいかな、これが唯物論、無神論の限界なのです。