2026.05.15 12:00

周藤健先生の氏族メシヤ講座
宿命の道 7
今、改めて家庭教会の勝利、神氏族メシヤの勝利の重要性が強調されています。
そこで新たな段階での出発の時を迎えてこの2026年4月から、「氏族メシヤ」をテーマとした紙上講座(毎週金曜日〈予定〉)をお届けすることとなりました。
内容は、周藤健先生(43双/2023年12月22日聖和、享年92)が1996年当時に氏族メシヤに関するみ言の解説としてまとめられた冊子『【氏族メシヤ講座】宿命の道』です。30年の月日がたっていますので、必要に応じて用語の表記など、一部、編集部が加筆し、修正を加えました。
神氏族メシヤ勝利のためにお役立ていただければ幸いです。
第1部
氏族的メシヤに向かう姿勢
二、最大の難関は長子権復帰
(6)カインのために犠牲になる
アベルの立場にいる人は高い位置にいるのではなく、そこから下りなければなりません。しかし、下りてきて本然の位置の椅子に座っていたとしても、それでカインは喜ばないのです。なぜなら居るだけで気持ち悪く思われているからです。
このように、カインは簡単には自然屈伏しません。アベルは与えられた自分の使命を果たしているだけでは、誰も喜んでついてきません。
このことを皆さんはよく理解しなければなりません。自分がある位置を与えられたのだから、その位置に座って命令をすれば、みんな言うことを聞くだろうと思ったら、とんでもない大間違いなのです。
この点を多くの指導者が勘違いしがちです。権威をもって命令して、人を動かそうとしてきたのではないでしょうか。もちろん、彼ら自身は傲慢な人ではないと思いますが、その立場にだけいるならば、結局は成功しません。
ではどうするかといえば、もう一つ下りていき、カインと同じ、すなわち愛されなくて寂しい兄弟の所へ行って、その兄弟に寄り添ってあげて、気持ちを分かってあげなければなりません。
するとカインは、「あの人は、まあまあだね」ということになるわけです。しかし、心底から感動はしません。寄り添うだけでは、感動はしないのです。ですから、自然屈伏はしません。寄り添っただけでは、いつ反発するか分かりません。カインの立場の人はこのような性質を持っているのです。皆さんの中にもそのような人がいるかもしれません。
それではどうするかといえば、カインの立場よりもさらに一つ下まで下りていかなければなりません。そして、カインから見ても「申し訳ない」と思うような所まで行かなければなりません。すなわち、カインのために犠牲になってあげて初めて、カインは感動するのです。
カインの立場は天使長という僕(しもべ)の立場です。ですから、アベルは僕の僕の立場から出発しなければならないという理由がここにあります。なぜ、アベルはカインの僕の立場から出発しなければ、復帰の道は歩めないのか、サタンを屈伏させることはできないのかという、根本的な原理がここにあるのです。
例えば、あるメンバーがいるとしましょう。そこへ責任者が来て、「君、靴が駄目になってしまったね。買ってあげよう」と言って、福利厚生費から受け取ったお金で支払ったとします。そのメンバーはそのお金で靴を買って、「ありがとうございました」と言って感謝しますが、本当に心の底から感動しているでしょうか。正直に言って、感動はしていません。その責任者は何も損をしていないからです。
責任者が自分を犠牲にしていないことを、そのメンバーはよく知っているのです。自分の困っている立場を理解してくれたのは、うれしく、ありがたいけれども、その中心者自身が犠牲になってはいないことをよく知っていますから、心の底から感動はしません。
ですから、カインの中に住んでいるサタンは少しも驚かないのです。やはり自分の仲間だと思うのです。なぜなら、サタンもそのようにやってきているからです。しかし、中心者になっている人はこのことがなかなか理解できていないのです。
ところが、中心者が何も言わずに、皆が寝静まった後に仕事に行って、その働いてつくったお金で靴を買って、まだ寝ている兄弟のまくら元に置いてあげて、自分は知らん顔をしているとします。そして、その兄弟が目を覚まして、「いったい誰が私にくれたのだろうか」ということになりました。
すると、誰かがそっと彼に、「今度新しく来た教会長が君の靴が駄目になっているのを見て、夜、一人で働いて靴を買ってきたのですよ。『誰にも言うな』と言うので言わないつもりでいたけれども、しかしどうしても自分の気持ちが収まらない。それで言うのですが、実は教会長が靴を買ってくれたのです」と言うのです。
「へえー、そうでしたか。入教してから今まで、こんな中心者に会ったことがない」と、初めてここで感動するのです。ここまで来ないと感動しないのです。
その時、感動するのはカインの立場の人だけではなく、カインの背後にあってカインを主管していたサタンがアベルの犠牲の愛(サタンには絶対できないこと)によって、はじめて満たされて感動するのです。
そしてサタンは、「分かりました。私はあなたのその愛が欲しかったのです。それを頂きましたから、私はあなたの愛に満たされ長い間の恨みが消えました。だから今まで不当に主管していたカインをあなたに返します。もともと神様のものですから」と言って、カインの立場の人をそのアベルを通じて神様に返すのです。すると、カインの本心(良心)が目覚めてくるのです。
では、解放されたカインは、どのような気持ちになるのでしょうか。自分の中のサタンが消え去っていったのですから、「その中心者の願いなら、何でもしてあげたい」という気持ちになるのです。
そのようなことが何回か続けば、もう「自分に命令してほしい。その人のために喜んで何でもしたい。もし必要ならば、雪の降る真っただ中でも、零下何十度の中でも飛び出して行って、どんなことでもしたい。うれしくてたまらない」ということになるのです。
ここまで行かないと、長子権は復帰できません。これがアベルの正道なのです。
お父様は「犠牲の愛」とおっしゃいますが、こういう具体的な内容をもっているのです。これ以外にその背後にいるサタンを感動させ、自然屈伏させる道はありません。
その人のために自分の大切な時間を割き、大切なものを犠牲にし、愛するものを犠牲にして、その人の幸せのために尽くす真心以外に、人を感動させる道はありません。これ以外に長子権復帰の道はありません。
皆さんは、ぜひともこれを氏族メシヤ活動で実践してみてください。