2026.05.08 12:00

周藤健先生の氏族メシヤ講座
宿命の道 6
今、改めて家庭教会の勝利、神氏族メシヤの勝利の重要性が強調されています。
そこで新たな段階での出発の時を迎えてこの2026年4月から、「氏族メシヤ」をテーマとした紙上講座(毎週金曜日〈予定〉)をお届けすることとなりました。
内容は、周藤健先生(43双/2023年12月22日聖和、享年92)が1996年当時に氏族メシヤに関するみ言の解説としてまとめられた冊子『【氏族メシヤ講座】宿命の道』です。30年の月日がたっていますので、必要に応じて用語の表記など、一部、編集部が加筆し、修正を加えました。
神氏族メシヤ勝利のためにお役立ていただければ幸いです。
第1部
氏族的メシヤに向かう姿勢
二、最大の難関は長子権復帰
(5)傲慢なアベルは勝利できない
『原理講論』を学ぶとき、カインの責任分担だけにフォーカスしがちです。「堕落性を脱ぐためには蕩減条件を立てなければならない」ということに対して、アベルの責任分担があまり明確には書かれていないのです。しかし、ヤコブが兄エサウを屈伏する歩みを見れば分かるように、実際はアベルのほうがより大きな責任を持っています。
中心者とメンバーとでは、どちらがより責任が重いでしょうか。中心者は全体に責任を持っているのです。逆の表現をすれば、カインがどんな失敗をしたとしても、アベルはカインを責めてはいけません。それよりもまず、自分が責任を十分に果たさなかったからこうなったと、天の前に涙ながらの悔い改めをしなければなりません。それがアベルの立場です。そして、天に向かっては自分が責任を取り、下に向かってはもう一度教育をし直さなければなりません。指示をし直し、教育をし直して、もう一度復活させて勝利の道を開いてあげなければならないのです。これこそお父様が今日までなしてこられた道でした。
このように、アベルが存在する目的はカインを愛することにあります。カインは兄の立場で、アベルは弟の立場ですから、本来ならば兄が主体で弟が対象の立場です。主体が対象を愛するのは、自然の流れです。
しかし、復帰摂理は弟が兄の立場になり、兄が弟の立場にならなければなりません。言わば天使長とアダムの立場をやり直しするものとして、今までの弟が兄の立場に立ち、兄が弟の立場に立って、カインがアベルを愛さなければなりません。
兄が弟を愛するのは、ちょうど水が高い所から低い所へ流れていくように、きわめて自然です。ところが復帰の道において、今度は上に立っていた兄が下の立場になり、下にいた弟が上に立って、弟の命令に兄が無条件に従って愛していくというのは、非常に難しいのです。
その難しさは、ちょうど水を逆流させるのに似ています。水を下から上へ流すには、噴水のようにものすごい圧力をかけなければなりません。きわめて不自然なことです。したがって、強力な圧力、すなわち、ものすごく苦しい立場を通過しなければ、カインはアベルをなかなか愛することができないのです。
例えば、これまでは皆さんが大先輩だったとしましょう。何年も教会長をして、たくさんの人を率いてきたとします。すると、これまでは自分が指示を与えてきた若い兄弟が、自分の代わりに教会長になったとします。皆さんは気持ちが良いでしょうか。あまり良くないのではありませんか。その人が何も言わなくても、教会長の椅子にただ座っているだけでも、気分が良くないというのです。それに反して、自分は片隅の小さな椅子に座る羽目になったのです。
そのような状態でカインとなってしまった自分が、アベルを愛するということは本当に難しいことです。ところが、その兄弟が、「先輩、あなたは先輩のくせに、何ですか。もっとしっかりしてくださいよ」などと言おうものなら、どうなるでしょうか。何も言わなくても居るだけで腹が立つのに、そんなことを言われたらカーッとなって、そこにある椅子で頭をぶち割ってやりたいという思いにならないでしょうか。気の短い男性でしたら、そう思うでしょう。
ということは、あるべき場所に居るだけでも愛せずに腹が立つのに、傲慢にもアベルはもっと高い位置に上がってしまったのです。皆さんは、傲慢なアベルが好きでしょうか。偉そうにしているのを見て、「何ですか、あれ」と思うのでないでしょうか。それが当たり前なのです。
このように、もしアベルが自分で高い所に行ってしまったら、高く上がれば上がるほど、水をそこまで揚げるためには強い圧力をかけなければならないのですから、圧力をかけているポンプは、限界を超えるとついには爆発してしまいます。これが、アダム家庭のカインに起こった現象です。カーッとなって、カインはとうとうアベルを殺してしまいました。
こうなったら、カインも失敗ですがアベルとしても失敗です。アベルが殺されたのは、カインが悪いのですが、アベルも悪かったのです。カインは兄でありながら顧みられずに、弟が勝利したわけですから、そのときに弟がそれを自慢し、おそらく「兄さんのくせにだめじゃないですか」などと言ったのでしょう。カインはカーッとなりました。神様は「その罪を治めなければならない」とおっしゃったのに、カインはその声を聞けないほどに激怒していたのです。だからアベルを殺したのです。
そのように考えてみると、傲慢なアベルは絶対に勝利できません。だれも心からその人についていこうとする人はいません。そうなれば、だれが真心をもってその人を支えるのでしょうか。だれも支えません。彼が人事異動でどこかへ行ってしまえばいいと、皆、思うのです。こうなれば、その人は立つべきその足場を失い、遅かれ早かれ消えていかざるを得ないのです。