2026.04.24 12:00

周藤健先生の氏族メシヤ講座
宿命の道 4
今、改めて家庭教会の勝利、神氏族メシヤの勝利の重要性が強調されています。
そこで新たな段階での出発の時を迎えてこの2026年4月から、「氏族メシヤ」をテーマとした紙上講座(毎週金曜日〈予定〉)をお届けすることとなりました。
内容は、周藤健先生(43双/2023年12月22日聖和、享年92)が1996年当時に氏族メシヤに関するみ言の解説としてまとめられた冊子『【氏族メシヤ講座】宿命の道』です。30年の月日がたっていますので、必要に応じて用語の表記など、一部、編集部が加筆し、修正を加えました。
神氏族メシヤ勝利のためにお役立ていただければ幸いです。
第1部
氏族的メシヤに向かう姿勢
二、最大の難関は長子権復帰
(3)神の代理使命者としてのアベル
では、この問題をどう解決すればよいのでしょうか。そのためには、間接的な方法しかありません。神様はサタンの存在を認めることができず、また相対することもできない立場におられながら、愛を与えなければなりません。愛を与えることのできない対象に与えなければならないという、非常に難しい立場に立たれたのです。
そこで、神様は代理使命者を送られました。言い換えれば、サタンと相対できる原理的な立場をつくりだされたのです。神様もサタンも肉身を持たないので、善と悪は肉身を持つ立場に立てば、肉身を条件として相対できる道が開かれてくるのです。
そこで神様は、肉身を持ったご自身の代理使命者を立てられ、サタンも同じく肉身を持った自分の代理使命者を立てることになります。実体を持つ神様の代理使命者がアベルであり、実体を持つサタンの代理使命者がカインです。このように、肉身を持ったアベルとカインを立てて、神様とサタンの問題を解決しようというわけです。これが、カインとアベルを立てた理由です。
代理使命者を立てた後の神様にとって、問題解決の早道はカインに愛を与えることです。しかし、カインは悪の表示体ですから、やはり相対することができません。神様が相対できるのは、善の表示体としてのアベルのみなのです。
ですから神様は本来、サタンに与えなければならない愛をアベルに与えるのです。100の愛をアベルに与えます。これが、「なぜ神様はアベルを愛されるのか」という原理的な理由なのです。
神様はアベルに「どうか、この愛をカインに与えてほしい」とおっしゃるのです。カインがそれを受け取れば、カインはサタンの相対圏ですから、カインを通じてその愛がサタンにまで通じる道が開かれるのです。神様がサタンを愛する道は、これしかないのです。そのときアベルは、神様の愛のメッセンジャーにしかすぎません。郵便配達のようなものです。神様の愛の配達人にしかすぎません。
ところが、それを誤解して自分がもらったと思い、荷物を開けて、中の物を食べてしまう者がいるのです。そして、その包み紙さえも残さない者がいるというのです。
それは中心者でありながら、自分が愛されたときにその愛を下の者たちに上げないで、それを誇りにするような者です。神様が、自分を通して、その愛をカインに上げてほしいと願われているにもかかわらず、自分で独占してしまうのです。アベルとして大きな間違いを犯していることになるのです。
ですから、神様や真の父母様から受けた恵みは、感謝してすべて下の人に与えてあげなければなりません。み言を受ければそのみ言を伝えてあげ、愛を受ければ、証しを聞く者たちが真の父母様を感じ、その場にいるような心情にして、真の父母様の愛が伝わるようにしなければなりません。そのような中心者にならなければなりません。
カインが苦労して勝利したのに、ある中心者がさも自分が勝利したような大きな顔をして報告したとするならば、カインが神様にささげたものを自分のものにしてしまうことになります。下の者がささげたものを横取りして、自分が栄光の座に着くのです。
真のお父様は、「アベルは純金でなければならない」とおっしゃいます。純金には電気抵抗がありません。ですから、電流が流れると100パーセント流れます。これが中心者としてのあるべき姿なのです。
さらにお父様は、「アベルは、神様から受けた愛をただカインに渡すだけではなく、それに自分の愛を足してあげなさい」とおっしゃいます。例えば、神様から受けた愛が100で、自分が20の愛を持っていれば、それを足して120としてカインにあげなさいということです。そうすれば、カインが20ぐらい自分のものとして横取りしたとしても、もとの100の愛はサタンに行きます。それによってサタンは、初めて愛されたという実感を持つことができ、満たされるわけです。そして、感動して屈伏してきます。これが、サタンの自然屈伏の内容なのです。