共産主義の新しいカタチ 99

 現代社会に忍び寄る“暴力によらざる革命”、「文化マルクス主義」とは一体何なのか?
 国際勝共連合の機関紙『思想新聞』連載の「文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜」を毎週水曜日配信(予定)でお届けします。(一部、編集部による加筆・修正あり)

クレムリンの闘争と盟友との対立
パルミーロ・トリアッティ(中)①

 前回は「構造改革路線」を理解しやすくするために日本の旧民主党政権における事例を挙げました。
 イタリア共産党(PCI)が1940年以降採った「社会主義へのイタリアの道」が、ある意味でかなり現実路線でしたが、それはコミンテルンを中核とする「正統派マルクス主義」たる「ソヴィエト=ロシア・マルクス主義」とは明らかに方向性を異にしています。

▲パルミーロ・トリアッティ

グラムシの革命戦略をさらに「薄める」
 トリアッティの構造改革路線は、ユーロコミュニズムという思想潮流の必然的帰結といえそうですが、重要なのは、トリアッティの打ち出した理論が、盟友グラムシを敷衍(ふえん)したと見なすなら、それは「マルクス主義の変質」というよりむしろ、グラムシの革命戦略論が薄められたにせよ、「革命への過渡的なアプローチ」と見なすべきでしょう。

 「社会主義へのイタリアの道」の主張は、実にシンプルで明快です。すなわち、マルクスの予言した「資本主義の終焉(しゅうえん)」は迎えておらず、しかも「帝国主義」も残存する。その現状をはっきり認識しているのが、トリアッティの分析です。

 このトリアッティの「宣言」は、レーニンが革命的現実をマルクスの体系の中で捉え、「マルクス=レーニン主義」というドグマを構築したのに対し、トリアッティら構造改革路線は、マルクスの「予言」や「教説」に現実を押し込めることはなかったものの、「我々はイタリア社会の経済諸構造を大きく修正させるために、民主主義の領域で労働者大衆及び勤労者大衆の行動と闘争とを発展させようとしている」という基本路線を呈示し、暴力革命による「ボリシェヴィズム」とは異なる方法論を採ろうとしたわけです。

 しかし、かといって人民民主主義やボリシェヴィズムそのものを否定したわけではなく、「異なる社会主義への道」ということでした。

 ただ、日本共産党のいう「民主主義」と、社民党のいう「民主主義」、民主党のいう「民主主義」というのは実は微妙にニュアンスが異なるといえます。

 日本共産党では「民主集中制」と呼ばれるように、中国共産党と同じくプロレタリアートの民主主義、つまり「人民民主主義」を意味しています。これが「プロレタリア独裁」の素地になります。しかし、トリアッティや社会民主主義ではより大衆を重視し、ブルジョワジーを打倒すべき存在として敵視するのは変わりませんが、漸進的に克服すべきものと見なします。

 さて、戦後ヨーロッパで独自の「ユーロコミュニズム」路線をいち早く取ったのがイタリア共産党といえ、東側諸国のいわば「閉鎖的な暗さ」とは異なっているような印象を受けます。ところが、実際には、スターリン全盛の時代には、トリアッティらも過酷なサバイバル・ゲームを生き残っていかなければなりませんでした。

 その一端として現れたのが、「グラムシ書簡事件」です。トリアッティは早世したグラムシの遺志を引き継ぎ伊共産党を牽引(けんいん)していったといえますが、コミンテルンの問題に関し実はトリアッティはグラムシと対立したことがありました。

(続く)

「思想新聞」2026年3月1日号より

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