facts_3分で社会を読み解く 102

ニューヨークで行われた信教の自由に関する国際会議(11)
深く傷つき、恐怖心を抱えて生きる元信者たち

ナビゲーター:魚谷 俊輔

 2025年81日から3日にかけて、米国ニューヨーク市において、「宗教の自由に対する現代の脅威の根本原因を評価する」をテーマとする、第3HJI平和と公共リーダーシップ会議が開催された(「HJI」とはHJ平和・公共リーダーシップ国際大学院のことで、かつての統一神学大学院を指します)。

 この会議の日本に関するセッションでは、小出浩久医師が拉致監禁強制棄教を受けた体験について語った。
 その内容紹介の続きである。

 私は父に殺されるかもしれないという恐怖から、信仰を棄(す)てたとうそをつき、反家庭連合の一員として振る舞うしかありませんでした。そこからさらなる精神的苦痛が始まり、その苦しみは一年間続きました。

 宮村峻(たかし)氏の指示で、私は山中の別荘に移されました。そこで、ジャーナリスト・有田芳生(よしふ)氏と、「週刊文春」の記者から取材を受けました。その記事は、家庭連合を批判するために利用されました。

 その後、私はTBSの番組「報道特集」にも出演を強いられました。
 私は部屋から新潟で最も大きな河川敷に連れていかれ、テレビカメラで撮影されました。そこでは、父と複数の敵対的な元信者たちに取り囲まれていました。

 撮影時には、ディプログラマーである宮村氏が主導的な立場にいるように見えました。私の発言が彼の意に沿わないと、彼はすぐに遮りました。

 そこまで自分をさらけ出した後で、私は父の監視の下、アパートを出て松永堡智(やすとも)牧師の教会まで歩いて通えるようになりました。
 教会には、私と同じように信仰を棄てることを強いられた人たちが約10人通っていました。

 教会に通い始めてわずか1カ月、私は両親に付き添われ、宮村氏と共に二人の弁護士、山口広氏と紀藤正樹氏に会わされました。彼らはテレビで家庭連合への激しい批判を繰り返してきた人物です。

 私は、父と宮村氏の指示に従って話さなければなりませんでした。また、弁護士たちは私が自由な立場にないことを知っていました。
 紀藤氏はこう言いました。
 「そろそろ解放してもいいんじゃないかな。でも、宮村さんに聞かないといけないけど」

 私は家庭連合と病院に対して訴訟を起こすという法的文書に署名を強制されました。このような状況に置かれていたのは私だけではありませんでした。
 松永氏の教会では、監禁から解放されて間もない家庭連合信者たち全員が、こうした弁護士たちと面会するよう促されていたのです。

 私は、弁護士たちのグループが、人々を政治的な目的のために利用しているのだと理解しました。
 これらの元信者たちは、親によって監禁されたことで深く傷つき、再び閉じ込められるかもしれないという恐怖心を抱えていました。
 だからこそ、彼らはこれらの弁護士を通じて訴訟を起こすしか選択肢がなかったのです。

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