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ニューヨークで行われた信教の自由に関する国際会議(9
小出浩久医師、自らの拉致監禁・強制棄教被害体験を語る

ナビゲーター:魚谷 俊輔

 2025年81日から3日にかけて、米国ニューヨーク市において、「宗教の自由に対する現代の脅威の根本原因を評価する」をテーマとする、第3HJI平和と公共リーダーシップ会議が開催された(「HJI」とはHJ平和・公共リーダーシップ国際大学院のことで、かつての統一神学大学院を指します)。

 この会議の日本に関するセッションでは、筆者が「日本における反統一教会運動」と題するプレゼンを行った後に、小出浩久医師が拉致監禁強制棄教を受けた自身の体験について語った。

 その内容を今回から4回にわたって紹介したい。
 以下、小出氏自身の証言である。


▲自らの体験を語る小出浩久医師(左)

 私は東京で医師として働いている家庭連合の信者で、小出浩久といいます。
 私自身の家族と反家庭連合の活動家から受けた、拉致監禁強制棄教の体験について話そうと思います。

 私は医学生時代に家庭連合の信仰を持つようになり、1990年に東京の一心病院で勤務を始めました。そこは家庭連合信者の女性医師が創設した病院で、信者である医師たちが多く集まっていました。私はその病院で働けることに喜びを感じていました。

 しかしマスコミは家庭連合に対する多くの否定的な情報を全国に広めました。
 両親は、私の友人や医大の教師からこの情報を聞き、彼らを通して反家庭連合グループを紹介されました。そのリーダーは、プロのディプログラマーである宮村峻(たかし)氏でした。


▲宮村峻氏

 そのグループの集会は、新宿西教会で行われていました。その集会で両親は、監禁の準備の仕方や、親族への協力要請、さらには監禁中の精神状態の保ち方に至るまで教え込まれていたのです。

 これに最も影響を受けたのが母でした。母は私を閉じ込め、信仰を棄(す)てるよう強制しました。
 母の影響により、父、姉、弟、その他の親族もこの監禁計画に加わりました。

 1992年613日、実家を訪れた際、私は約15人の親族に囲まれ、車に押し込まれてアパートに連れていかれました。
 建物の前には、家庭連合に敵意を抱く元信者約10人が待っていました。

 その部屋の窓には鉄格子が付いていて開けることはできず、外の景色も見えませんでした。玄関のドアはチェーンで施錠され、男性が24時間座って見張っていました。部屋は5階以上の高さにあり、常時7人ほどの親族が私と一緒にいました。

 私は、自分の担当する患者たちの心身に悪影響を及ぼすことが心配でした。何日も病院に連絡させてほしいと懇願しました。親や親族は、私が患者たちの情報を記録して、病院に送ることを認めましたが、この計画の真のリーダーである宮村氏は、私の願いを拒否しました。

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