コラム・週刊Blessed Life 45
日本を良くするために決別すべき思想

新海 一朗(コラムニスト)

 マルクス主義が知識人に迎えられる大きな契機となった「フランクフルト学派」というのは、どういう学派であり、どういう考えを持っていたのでしょうか。
 1923年、ドイツのフランクフルト大学に「社会研究所」が設立されました。初代所長はカール・グリュンベルクという人で、二代目は非常に影響力のあったホルクハイマーです。

 フランクフルト学派の考えには、共産主義革命の主導者は労働者ではなく、知識人でなければならないという思いがあり、「資本主義社会の構造をまとまった批判理論に構造化できるのは知識人である」という知識人の自負(エリートの傲慢?)を前面に押し出しています。

 フランクフルト学派は資本主義社会の何を批判の対象にしたのでしょうか。
 まず、道徳倫理におけるあらゆる徳目の内容や価値観を攻撃しました。そして、家族制度、父権といったもの、権威、伝統、国家、愛国心などを徹底的に批判していきます。性道徳、性倫理なども激しく批判され、性解放理論の素地を作っていきます。

 1945年、ポツダム宣言受諾によって終戦を迎えた日本に乗り込んできたのがGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)ですが、このGHQの中に多くのフランクフルト学派を信奉する共産主義のスタッフたちが潜んいました。すなわち、フランクフルト学派が、GHQによって、戦後の日本を席巻するという事態が生じていたのです。
 最近、公開された米国の資料によって分かったことは、CIA(米国中央情報局)の前身であるOSS(戦略事務局)はフランクフルト学派の巣窟であったということです。
 フランクフルト学派で有名な日本の学者には、都留重人、宮沢俊義、吾妻栄などがいて、いかに日本の最高学府が偽装された共産主義思想に毒されていたかが分かります。

 戦後の日本の容共的土壌(無神論、唯物論の跋扈〈ばっこ〉)の形成とその影響を総整理、総清算するという考えを進めようとすれば、フランクフルト学派の思想と対決しなければなりません。

 左翼リベラリズムと呼ばれるものの思想的根源となっているのがフランクフルト学派です。共産主義などという言葉はおくびにも出さない「隠れ共産主義=リベラル」のことです。
 日本を良くしようとするならば、フランクフルト学派をよく知り、かつ、決別する時代になったことを認識しなければなりません。