世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

「慰安婦」より深刻な「徴用工」判決

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 10月29日から11月4日を振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。
 韓国大法院(最高裁)、元徴用工訴訟への賠償確定(10月30日)。国土交通相の決定を受けて、防衛省沖縄防衛局が普天間飛行場の辺野古移設工事を再開(11月1日)。安田純平氏日本記者クラブで会見(2日)。米ポンペオ国務長官、週末までに北朝鮮の金英哲党副委員長と会談することを表明(4日)、などです。

 今回は10月30日の韓国大法院(最高裁)判決を扱います。
 韓国の元「徴用工」4人が新日鉄住金(旧新日鉄釜石)を相手取り、損害賠償を求めた訴訟の差し戻し上告審で、大法院は新日鉄住金の上告を棄却しました。その結果、同社に一人当たり1憶ウォンの賠償を命じた、2013年7月のソウル高裁の判決が確定したのです。

 事の重大さをいくつかのコメントを挙げて示してみたいと思います。

 まず朝日新聞10月31日の社説です。
 「植民地支配の過去を抱えながらも、日本と韓国は経済協力を含め多くの友好を育んできた。だが、そんな関係の根幹を揺るがしかねない判決を、韓国大法院(最高裁)が出した」。
 
 木宮正史・東大教授は朝鮮日報のインタビューに答えて11月5日、「韓国が慰安婦合意を覆すことについては、『それでも韓国の立場を理解すべき余地はある』とみる人もいなくはなかった。しかし『1965年体制』の否定は次元が違う問題だ。これは日韓関係の基盤を覆すものだ」と強く警告しました。

 韓国大法院(最高裁)判決の争点は、日韓請求権・経済協力協定(1965年)によって元徴用工の個人請求権が消滅したか否か、でした。協定では賠償請求権問題が「完全かつ最終的に解決された」と明記されているのです。

 金命洙大法院院長は30日、「消滅していない」理由を以下のように説明しています。

 協定の交渉過程で「日本政府が植民地支配の不法性を認めないまま、強制動員の法的賠償を根本的に否定」。それ故「不法な植民地支配や侵略戦争遂行に直結した不法行為」を行った企業への「慰謝料請求権」は、請求権協定の枠外だというのです。植民地支配の不法性を明確に認めていない日本政府から韓国政府に支払われた無償3億ドルは、「慰謝料請求権」に対応するものではない、というロジックです。

 確かに日韓基本条約では、日本による韓国併合に関する全ての条約は「もはや無効」とし、いつから無効なのかを明記せず、両国の判断に任せるという「玉虫色」の合意でした。そんな条約を結んだ当時の朴正煕大統領が間違っていた、と現政権と大法院は考えているのです。

 木宮氏は既述のインタビューで、「今になって『交渉はもっとうまくやるべきだった』と朴正煕元大統領を非難するのは、当時の韓国を過大評価したものだ」と述べています。
 北朝鮮の再度の武力攻撃に備え、外交、安保、経済発展などを総合判断した結果であり、現在の尺度で良し悪しを言うべきことではないということです。

 文在寅大統領は就任直後、日韓関係について歴史認識問題と外交・安保、経済協力は切り離すと明言していました。
 今後、協定に基づく「仲裁委員会」を設置するか、それとも日本政府として国際司法裁判所(ICJ)に提訴するなどの選択肢が考えられています。
 とにかく両国が賠償判決の悪影響を和らげる知恵を出し合わなければなりません。