青少年事情と教育を考える 30
科学で神を持ち出すのは思考停止?

ナビゲーター:中田 孝誠

 先日、インターネットで、教育現場に「ニセ科学」が入り込んでいる、と批判する論文を読みました(伊与原新『子どもたちの教育に「ニセ科学」が忍び込んでいるという事実をご存知か』、現代ビジネス8月26日配信)。

 著者の伊与原氏は、一例として「創造論」を取り上げています。米国では教育現場で進化論と創造論をどう扱うかを巡って論争も起こりました。

 近年は、「インテリジェント・デザイン論(ID論)」が登場し、それを教育で扱おうという動きが広がっています。ID論は「神」という言葉は使いませんが、この宇宙は“知的存在”がデザインしている、という説です。

 そして、この説が日本の育鵬社の教科書に、遺伝子研究で有名な村上和雄氏の文章で掲載されていて、村上氏は「人間業をはるかに超えた事実に対して、何か偉大な存在(サムシング・グレート)の力が想定される」と述べているということです。

 伊与原氏は「論考の中に『神』という項を取り入れた時点で、その研究者の科学は終わってしまうのではないか。そこから先は、立証も反証もできない世界だからだ」と批判しています。

 一方、最近話題になった本に、『科学者はなぜ神を信じるのか』(講談社ブルーバックス)があります。著者の三田一郎氏は物理学者でありカトリックの司祭でもある、科学と宗教の両方に深く関わっている人です。

 本の中で三田氏は、ガリレオやニュートン、アインシュタイン、ホーキングといった有名な科学者の業績と合わせて、彼らと神(宗教)との関係を紹介しています。

 国連の調査では、過去300年間に大きな業績を挙げた科学者300人のうち、8〜9割が神を信じていたそうで、ニュートンは美しい天体と神の意図をたたえる言葉を残し、無神論者であるホーキングも頭の中には常に神への意識があったと考えられる、と三田氏は述べています。
 三田氏自身も、宇宙の法則の見事さに感動し、神の存在を信じるようになったそうです。

 三田氏は、科学者が長年かけて自分で理解しようとする姿勢を持って研究する中で神の存在を信じるようになったのであれば、科学者として思考停止になっているのではない、科学と神を信じる姿勢とは矛盾しない、と強調しています。

 科学と神(宗教)の関係についてはさまざまな意見があるでしょう。ただ、「神を入れたら科学は思考停止」ということには必ずしもならないのではないか。むしろ教育の場では(教え方に工夫や配慮は必要でしょうが)、もっと「神(宗教)」が取り上げられていいと思うのですが、いかがでしょうか。