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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。
 家族のために、そして世のため人のために奮闘するお父さんのまなざしをフィクションでお届けします。

15話「神様は万人を祝福したいのよ」

 「タカシ、父さんと母さんはナオミが中学校を卒業したら、青森に戻ろうと考えている。母さんとも話し合った結果だ。母さんも私もいい年だしな。ナオミも立派に成長した。大丈夫だ。タカシ、どうだ? それでいいな?」

 同居している父がそう告げてきたのは、父が76歳の誕生日を迎えた初秋の頃だった。
 カオリが亡くなり、両親と同居するようになって9年が過ぎていた。父は76歳、母は75歳になっていた。

 人は望郷の念を抱く。
 両親には本当に苦労をかけた。この間、母は死線をさまようような大病も患った。父は定年後を気ままに過ごすこともなく、息子と孫娘のために生きた。

 「そうだね、お父さんとお母さんには本当に苦労をかけてしまったね。感謝しても感謝しきれないよ」

 実際、言葉だけで伝えきれるものでもないし、言葉で伝えれば済むというものでもない。

 父の考えに従えば、あと半年余りで両親は青森に帰ることになる。
 いくら親子とはいえ、世話になりっぱなしで、「はい、どうもありがとう、お疲れさまでした」というわけにはいかない。

 成長期、最も支えが必要な時期にナオミは祖父母の愛に守られて育つことができた。

 私はナオミに祖父母が帰郷を考えていることを伝えた。
 ナオミは寂しそうな表情を浮かべたが、夏休みを祖父母と青森で過ごしてきた体験から、青森の家で暮らすのが祖父母にとって一番の選択であることはナオミもよく分かっていた。

 ナオミ自身も夏休みが終わって東京に戻るたびに、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に青森で暮らしたいと言い出すほどだった。
 祖父母が祖父母らしく暮らしている場所が、ナオミにとっても心休まる「故郷」となっていたのだ。

 「ナオミ、おじいちゃん、おばあちゃんには本当にお世話になったね。何か恩返しをしないとね。ナオミはどうしたらいいと思う?」

 受験生のナオミに負担をかけるわけにはいかないが、大事なことは父娘(おやこ)で考えを一つにしておかなければならない。私はナオミの気持ちを理解しておきたかった。

 「ねえ、パパ、おじいちゃんとおばあちゃんに一番大きな贈り物をあげるというのはどう?」

 「一番大きな贈り物?」

 「そう、おじいちゃんとおばあちゃんが一番喜ぶ贈り物」

 「そうだね…。何かなあ…」

 思案してみるが、パッと思い浮かぶものがない。
 こういう時こそ、神頼みならぬ、あの世の妻の意見も聞きたいものだと、思考したとたんである。

 降りてきた。

 「祝福」

 たった一言ではあったが、私の鼓動は高鳴った。
 山に登らなくても妻は私を訪ねてくるのだ。高ぶる感情を抑えながら、私は妻のメッセージをいったん心に閉まってナオミとの会話を続けた。

 「そうだねえ…」と言い直し、「一番喜ぶ贈り物、それは家族皆の幸せじゃないかなあ。そのためにこの9年、定年を終えた身で故郷を離れてでも息子と孫娘のために苦労してくれたんだからね」

 「そっかあ…。じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんを一番幸せにできる贈り物って何かなあ」

 私にはずっと心に引っかかっていたことがあった。
 それは両親を「祝福」に導くことができていなかったことだ。

 突然降りてきたカオリの声によって、改めてそのことに目を向けさせられることになった。

 家庭連合の教えの核心は、神様を中心とする理想家庭をつくることだ。

 理想とは最高、最善のものである。幸せな家庭、愛ある家庭、豊かな家庭といった理想の家庭をどんなに望んだとしても、人間の力だけでは成し得るものではない。神によらなければ、最高、最善の家庭をつくることは不可能なのだ。

 それを可能にする唯一の道が祝福だと信じる。だから私もカオリも祝福を受けた。本来、幸福と祝福は表裏一体のものなのだ。

 キリスト教徒たちがイエス・キリストを救い主、メシヤと信じるように、家庭連合の信徒たちは文鮮明(ムン・ソンミョン)・韓鶴子(ハン・ハクチャ)夫妻を人類の真の父母と信じる。そしてその真の父母様を通してもたらされる祝福によって、人類は初めて理想家庭への道を行くことができると信じている。

 「ナオミ、おじいちゃんとおばあちゃんにもう一度結婚してもらおう。神様を中心とする結婚だ」

 「パパ、祝福結婚だね? パパとママがした結婚でしょ? 祝福結婚!」

 「そう。それが一番大きな、最高の贈り物なんだよ。何しろ、神様から頂く最高のプレゼントだからね」

 両親には帰郷する前に祝福を受けてほしい。残された期限は半年だ。

 両親への最大の贈り物を受け取ってもらうために、私とナオミは目指すべき目標をしっかりと共有し、その実現のために共同戦線を張った。
 ナオミの最大のミッションは志望校に合格すること。

 両親は私に誘われて年に何度か教会のイベントに参加することはあった。
 たまに近隣に住む教会員を招いて食事をすることもあった。人としての付き合いはするがそれ以上にはならなかった。神仏に対する信心は強い方だ。しかし宗旨変えをするつもりはないと、一線を引いていた。

 だから、「祝福を受けてください」「はい、いいよ」と簡単にはいくまい。
 父と母には祝福の価値を分かった上で受けてほしかった。私も神様の最高の贈り物をいいかげんに扱いたくはなかった。

 数日後、私とナオミは父と母に向き合った。カオリも一緒、のはずだ。そう考えて力を得た。

 「お父さんとお母さんは、来年の春には青森に帰るんだよね。来年の4月にはナオミも晴れて高校1年生になってるはず」と、隣に座っているナオミと目線を合わせる。

 さあ、本題に入ろうと、両親に向き直った瞬間だった。ナオミが先に口を開いた。

 「おじいちゃん、おばあちゃんのこと大好き。心から愛してる。別々に暮らすのはすごく寂しいけど、長い間、パパを手助けしてくれて、私を育ててくれてありがとう。本当に本当に感謝してます。だから、その感謝の気持ちを一番大きな贈り物にして、おじいちゃんとおばあちゃんにプレゼントしたいの」

 ほとばしる孫娘の愛に祖父母も相好を崩す。

 「もう、十分贈り物はもらっているよ」と母。父も深くうなずく。

 「ううん、おばあちゃん。それでね。パパとママとも話し合ったんだけど、一番の大きな贈り物は、祝福結婚じゃないかなって」

 ナオミは一気に話す。ストレートな物言いが個性だ。頼もしい限りだ。
 「ママとも話し合った」という言葉もうそではない。

 「おじいちゃん、おばあちゃん、どうかなあ。祝福結婚、パパとママみたいに。祝福って神様からの一番の贈り物なんだよ。パパもママも私も、おじいちゃんとおばあちゃんに最高のプレゼントでお礼がしたい。感謝の気持ちを届けたい…」

 最後は涙で声が詰まった。

 「タカシ、私はお父さんが良ければいいわよ。お父さんは、どう?」と、母は優しい。

 ナオミに頼まれたら断るわけにはいかない。母はどんな時でも感謝の心で頑張って生きてきた女性だ。

 父と母に、神様の祝福にあずかってほしい。私は心から祈った。

 腕組みをしながら上を向いたままだった父がおもむろに語り始めた。

 「9年一緒に暮らして、お前たちが信じている教えも教会も、世間の評判とは大分違うことは分かった。教会の人たちもいい人たちだ。何より、ナオミは本当にいい子に育ってる。確かに神の子だ。祝福の子供だ。それも分かってる」

 母からもナオミからも大粒の涙がこぼれる。私も泣きたい。

 「タカシ、祝福を受けてもいいが、一つ条件がある」

 「え? 条件?」

 「以前おまえは、祝福は永遠の生命のためだと言っただろう? 死んであの世に行っても祝福を受けないといけないんだとおまえは言っていた。『こころの四季』にもそんなことが書いてあっただろう?」

 たしかに父と母には祝福について何度となく話してきた。

 「祝福は永遠のものだというなら、大分のお義父さんとお義母さんはどうするんだ。カオリさんは祝福を受けてあの世に行った立場だが、カオリさんの両親は祝福を受けてないだろう? カオリさんのお母さんとお父さんこそ、祝福を受けるべきじゃないのか?」

 「じゃあ、お父さんの言う条件というのは、大分のお父さんとお母さんも一緒に祝福を受けるなら、自分たちも祝福を受けるってこと?」

 「…そうだ。私たち夫婦だけが最高の贈り物をもらうわけにはいかんだろう。しかもナオミがこんなに望んでくれている祝福結婚だ。カオリさんの両親にも受けていただかないと申し訳が立たん」

 予想外の展開になった…。

 「神様は万人を祝福したいのよ」

 ナオミの隣から声が聞こえてきた。


登場人物

●柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
●柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
●柴野尚実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘
●柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
●柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
●宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
●宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母

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 次回もお楽しみに!

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