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脱会説得の宗教的背景 25
「統一原理」の創造の概念

教理研究院院長
太田 朝久

 YouTubeチャンネル「我々の視点」で公開中のシリーズ、「脱会説得の宗教的背景/世界平和を構築する『統一原理』~比較宗教の観点から~」のテキスト版を毎週火曜日配信(予定)でお届けします。
 講師は、世界平和統一家庭連合教理研究院院長の太田朝久(ともひさ)氏です。動画版も併せてご活用ください。

創世記の難問に対する統一原理の明確な答えとは?

創造の二段構造
 「統一原理」は、神は「本形状」(質量となる前エネルギー=“物質の素材”となるもの)を、神の中に“有しておられた”と捉えます。

 神は被造世界を創造されるに際して、ご自身の「本形状(前エネルギー)」に「限定作用」を加えることで、創造をしていかれたというのです。
 これは、ご自分で、ご自身の「本形状」を規定しながら創造され、ご自分とは“分立した被造物”(他者)を創造していかれたということです。

 故に、「統一原理」は「汎神論」ではありません。あくまでも「超越神(創造神)」です。そして、神の本質は「心情」です。
 心情とは「愛を通じて喜ぼうとする情的な衝動」のことです。その心情を中心に、内的性相(知・情・意)と内的形状(法則・観念・概念・数理)が授受作用することで「ロゴス」が形成されます。これを「内的四位基台」といいます。この「内的四位基台」が、神の「本性相」になります。

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 この「本性相」(=ロゴス)が、創造するに際しての各被造物の構想・設計図となったのです。
 このロゴスとは、神の心の中に生じた“創造物”であり、“新生体”です。(参照:『統一思想要綱』46ページ)

 すなわち、「本性相」(ロゴス)と「本形状」(前エネルギー)が授受作用することで、被造物(新生体=被造物)が創造されていったのです。これを「創造の二段構造」と呼びます。

統一原理による唯物論と唯心論の和合統一
 この考え方を裏付ける聖句が、既に創世記112節にあったということは、聖書が神の「啓示の書」であるという感を、さらに強くします。

 神の創造は、キリスト教のいう“無”からの創造ではなく、「本形状」という、ご自身が持つ“素材”(=本形状)を用いて創造されたのです。
 この統一原理の考え方によって、「唯物論」と「唯心論」が和合統一されるのです。

 ここで留意すべき点は、統一原理はギリシャ思想の「流出説」および東洋思想の「汎神論」とは異なるということです。
 統一思想は次のように述べています。

 「心情動機説は、(キリスト教の)創造説と(ギリシャ思想の)流出説の論争に終止符を打つものである。創造説は、神は世界を創造されたという主張であるが、創造の動機が不明であり、“無”から物質が造られたという難点があった。一方、流出説は、すべては神のうちにあったものであり、神から流れ出たという主張であるが、そのために神と世界の区別がなくなり、汎神論になってしまった。それに対して心情動機説(及び、創造の二段構造)は、世界のすべての原因は神の中にあるが、世界は神から流出したのではなく、心情を動機として、神が御自身の性相と形状を授受作用させながら、世界を“創造”されたと説明するのである」(『統一思想要綱』45ページ)

 では、キリスト教の「無からの創造」は完全な間違いかというと、それを頭ごなしに“否定”すべきではないとも言えます。
 「創造の二段構造」から分かるように、神は創造するに際して、まず「ロゴス(構想)」を造られました。これが「内的四位基台」です。この「内的四位基台」だけを見ると、神は構想すらない“無”の状態から、創造を始められたとも言い得るからです。

 さて、『新版・統一思想要綱』の32ページには「無限応形性」(注:すなわち、無限な形態を取ることのできる可能性を持つ“素材”)という概念が登場します。
 次回からこの無限応形性について、科学的見地を用いながら、それを“哲学的”に説明していきます。

※動画版「脱会説得の宗教的背景 第6回『唯物論』と『唯心論』の和合統一〈その1〉」はこちらから