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ダーウィニズムを超えて 16

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「ダーウィニズムを超えて」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
 生物学にとどまらず、社会問題、政治問題などさまざまな分野に大きな影響を与えてきた進化論。現代の自然科学も、神の創造や目的論を排除することによって混迷を深めています。
 そんな科学時代に新しい神観を提示し、科学の統一を目指します。

統一思想研究院 小山田秀生・監修/大谷明史・著

(光言社・刊『ダーウィニズムを超えて科学の統一をめざして』〈2018520日初版発行〉より)

第一章 進化論を超えて
新創造論の提唱

(十)創造(進化)の主体は何か

◯進化論
 自然選択が進化の原動力である。したがって進化論では、神に代わって自然選択が創造主の位置に立っている。

◯創造論
 神は全知全能な方であり、創造主である。すべての被造物は、神によって、神のみ意(こころ)のままに創造された。

◯新創造論
 神は100パーセントの創造性をもっておられるが、そのすべてを発揮されるのではなくて、創造性の一部分を人間に与えられた。人間を万物の主管主、創造主にされるためである。比喩的に言えば、神は100パーセントの創造性のうち97パーセントを発揮されて、あとの3パーセントを人間に委ねられているのである。

 もし神がすべての万物を100パーセント完全に造られて、人間は何もすることなく、ただ万物をながめるだけ、取って食べるだけであるならば、人間は万物と何ら変わることなく、万物の主管主、創造主とは言えないであろう。そこで神は人間を万物の主管主たらしめるべく、人間に創造のわざの一部を委ねられたのである。

 例えば、神が野生の蘭(らん)を造られた。それを人間が改良し、見事な蘭の花をつくり上げた。それによって、その蘭を育てた人は、その蘭の創造者とみなされるのである。りんごやぶどうもそうである。神は野生のりんごやぶどうを造られた。それを人間が改良して、「フジ」とか、「巨峰」や「ルビーロマン」のような見事なりんごやぶどうを造ったのである。

 科学の発展もそうである。神は自然界に、法則を定め、必要なエネルギーや材料を準備してくださった。また万物の中にいろいろなモデルをつくってくださった(例えば鳥は飛行機のモデルである)。そのように神が準備してくださったものを基盤として、科学者は創造性を加えて、科学技術を発展させてきたのである。

 動物も創造性をもっているが、動物の創造性とは次のようなものである。

①本能的な創造性:鳥やハチの巣作り、ミツバチの蜜の収集、ビーバーのダム作り等がある。

②環境に適応する能力

③学習する能力:人間が訓練すれば、高級な動物はある程度まで学習することができる。

 しかし動物には人間の創造性のような、自ら構想を生み出し、技術を発展させていくというような、発展的な創造性はない。実際、鏡を見て化粧するサルはいないし、料理をするグルメなサルもいない。まして小説を書くサルもいないし、作曲するサルもいないのである。

 自然界の無秩序な力には、動物のもっている創造性すら見られない。しかるに、進化論者たちは自然選択を作曲家、詩人、彫刻家、シェークスピア等にたとえた。ダーウィニズムが目指すところは、創造主である神を退け、自然選択を創造主の位置に据えることにあったのである。

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 次回は、「進化論と創造論を共に生かす統一思想」をお届けします。


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