愛の知恵袋 24
大自然に触れる

(APTF『真の家庭』134号[12月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

体力と情操を取り戻せ
 子供の成長を考えるとき、最も土台になるのが情緒・情操であり、その上に規範教育(倫理・道徳)、知識教育、技術教育を受けていくのが理想です。最近、気がかりなのは、子供たちの知的情報化が年々進む一方で、基本的な体力と情操の成長という点では、逆に、低下しているのではないかということです。児童の体力や運動能力が低下してきたことは周知のことですが、精神面でも、わがままで協調性がない、順番やルールを守らない、すぐキレて激昂する、心を開かない、落ち着きがない、極度に過敏で神経質である…等々、子供本来の元気でおおらかな性質が、どこか不足しているように見えます。

 その原因には、両親の不仲や離婚といった複雑な家庭事情、おおらかな愛情で包んでくれるお爺ちゃんお婆ちゃんの不在、近所や親戚との家族的付き合いの減少、近所の子供同士で楽しく遊ぶ習慣の消失など、様々なことが考えられます。それと同時に、もう一つの大きな原因は、自然とのふれあいの不足ではないかと思うのです。

 都市部での生活が増え、子供にとって、テレビ、ゲーム、インターネットなどを相手に一日のほとんどを屋内で過ごすライフスタイルが定着することによって、得たものもありますが、失っているものも少なくありません。

子供の頃の春夏秋冬
 私の子供の頃を思い出してみると、隔世の感があります。私は戦後、団塊世代の第一陣として生まれましたが、幼少から中学卒業までは、大分県の国東半島の田舎町で過ごしました。我が家から200メートルも歩けば海岸でした。絵のように美しい白砂青松の砂浜と、所々に海まで続く磯があり、周囲には山の幸の豊かな里山が広がっていました。

 冬は家の中で、トランプ、かるた、すごろく、将棋をしたり、プラモデルを作ったりしますが、天気が良ければ外に飛び出して、たこ揚げ、コマ回し、ぱっちん(メンコ)、陣取り合戦や、模型飛行機を飛ばしたりして遊んだものです。たまに雪が降ると大はしゃぎで、雪だるまをつくったり、雪合戦やそり遊びをするのが楽しみでした。

 春になれば、菜の花畑やレンゲ畑を走り回ってチャンバラや西部劇。父と一緒に山へ行けば、ワラビ、ゼンマイ、セリ、ツワブキ等を摘んできます。池や川に魚釣りに行って、庭につくった池でフナやドジョウを飼い、鳥もちでメジロを捕って籠で飼います。五月になれば潮干狩りです。

 夏が来ると、毎日のように海に行って魚を釣ったものですが、大潮の干潮時には磯の岩場で、サザエ、アワビ、カキ、タコ、カニ、ワカメ、テングサ、もずく等、海の幸を獲るのがあまりにもおもしろくて時間を忘れてしまいました。

 やがて、木の葉が紅葉すれば、山に入って椎の実を拾い、アケビや柿や栗を採り、一日がかりで深い穴を掘って山芋を取ります。ハツタケ、アミタケなどキノコが採れたら上々で、その日の夕食の食卓が賑わいました。菓子などは乏しい時代でしたが、今、思い出しても本当に懐かしい、楽しい子供時代でした。

自然との交わりで育まれる情操と創造性
 春夏秋冬の山海の恵み、朝夕の風情の違い。大自然は実に表情豊かで、私たちの情緒に語りかけてきます。そこに生きる全ての動物と植物が私達の好奇心をワクワクさせ、そして、岩や水滴のひとつに至るまで、観察すればするほど驚きの世界が広がり、神秘的な感動が湧いてきます。まさしく自然は、生きるための糧となるだけでなく、私たち人間の情操を豊かに育むために神様が与えて下さった精緻な芸術作品です。

 知恵を巡らせて魚や木の実の取り方を覚え、おいしく食べる方法も工夫します。また、ナイフ一本あれば竹や木を切って工作をします。様々な道具をつくったり、すみかをつくったりしましたが、おかげで今も日曜大工の名人です。人間は前頭葉を活発に動かすことで創造性が養われます。出来上がったおもちゃをお金で買い与えるだけ、あるいは、テレビやインターネットのように自動的に与えられる情報だけに接していては、単純知識は増えても、創造力や臨機応変の実地対応力は身につかないものです。そして何よりも、アウトドアで体を動かして遊んでいれば、自然と体力はついて来るのです。

田舎で育ったことに感謝
 実は、私たち一家はあの敗戦がなかったら東京で暮らしていたはずでした。というのは、父が東京で店舗を構えて開業し、母と結婚して姉が生まれていたからです。しかし、B29爆撃機による空襲が激しくなり、東京の中心部は、火災の延焼防止のための強制家屋疎開命令が発動され、我が家も撤去対象となって、「直ちに家を空けて疎開するように」と命じられたのです。父が空襲を避けながらやっと郷里にたどり着いたとき、持って帰れた財産は木製のお盆ひとつでした。

 父にすれば、夢を抱いて開業し、「これから!」という時に戦争で全てを奪われて、無念の帰郷でした。しかし、今、振り返ってみると、私にとっては 子供時代を地方の町で過ごせたことは幸いでした。そのおかげで動物も植物も、海も山も大好きになりました。

 また、父は農家から畑を借りて、我が家で食べる全ての野菜を栽培してくれました。小さい頃からそれを手伝ってきたことが後に私の人生を豊かにしてくれました。今でも、我が家のベランダには、緑が絶えることはありません。数十鉢の木が育ち花が咲いて心を潤してくれます。毎朝、水やりをしながら花木と対話するのは楽しいものです。

 ライフスタイルが変わった現在では、昔と同じことは無理ですが、子供を育てるときは、できるだけ多く自然に触れさせてあげ、動物や植物を愛することによって豊かな創造性と情操を育んであげたいものです。