シリーズ・「宗教」を読み解く 271
キリスト教と日本㊿
アーモスト大学と内村鑑三

ナビゲーター:石丸 志信

 札幌バンドの中心的人物となった内村鑑三は、1881年、最優秀の成績で札幌農学校を卒業し、北海道開拓使御用掛の官吏に就いた。
 漁業も学術の一つと考え、水産学を探求する内村には、北海道各地の水産調査の職務はやりがいのある仕事だったはずだ。しかし現場の環境は、まだ青年であった内村には好ましい所ではなかったので1年半で職を辞し東京に戻っている。
 生活のため、学農社で教壇に立った後、農商務省に勤め全国の水産調査などを行った。

 この頃、内村は心の奥に空虚感を抱えながら天職は何かを模索していた。
 キリストのために働く良き伴侶を求めて結婚するも1年未満で破局を迎えた。
 失意のうちに渡米。あてのない旅だったが、慈善家に助けられフィラデルフィア郊外の知的障害児養護学校で看護人としてしばらく勤務することができた。

 その後、新島の勧めもあってアーモスト大学に選科生として編入、2年間の学生生活で歴史学、倫理学、地質鉱物、ヘブライ語、聖書解釈学などを学び、内村の思想形成にとって重要な期間となった。そして彼の生涯で最も重要な信仰体験をすることになる。


▲アーモスト大学最終学年の内村鑑三(1887年/ウィキペディアより)

 キリスト教の本場米国に渡り、人種差別など理想と現実のギャップに大いに幻滅していた内村だったが、牧師であるアーモスト大学総長ジュリアス・ホーリー・シーリーの、敬虔(けいけん)で高い学識がありながらキリストの前に謙遜な姿に心打たれ、毎朝の礼拝を通して感化を受けていく。
 入学から半年がたった188638日、ルターのごとき回心を体験した。


▲アーモスト大学のジュリアス・ホーリー・シーリー総長(ウィキペディアより)

 それまで、内村は自らの高慢に悩まされ、神への信仰に立ってその願いに応えようと努力すれど心の内に救われた実感が得られなかった。
 しかしこの時、シーリー総長の言葉に導かれ、十字架にくぎ付けにされたイエス・キリストの姿の中に、己の罪を担い全てを許す愛を直視した。その時、彼の心は全ての重荷から解き放たれていく。
 神の子となった自覚を持ち、キリストのために全てをささげ、天の栄光のために自らを用いてくださるようにと祈ることができた。

▲アーモスト大学(ウィキペディアより)

 それ以後、十字架の贖罪(しょくざい)について深く祈り、聖書研究にも専心していく。結果、自然と歴史と聖書を通して神の救いの経綸を見ることで、祖国日本にも神は固有の使命を与え長く訓練してきたと捉えることができた。
 帰国後の内村は、日本が天賦の使命を果たすためにと、その生涯をささげることになる。



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