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愛の勝利者ヤコブ 24

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「愛の勝利者ヤコブ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 どの聖書物語作者も解明し得なかったヤコブの生涯が、著者の豊かな聖書知識と想像力で、現代にも通じる人生の勝利パターンとしてリアルに再現されました。(一部、編集部が加筆・修正)

野村 健二・著

(光言社・刊『愛の勝利者ヤコブ-神の祝福と約束の成就-』より)

イサクの祝福①

 父アブラハムにすべてをゆだね、縛りあげられても、祭壇のたきぎの上に置かれても、なお父を疑わず、そのけなげさに神をさえ泣かしめたあのかわいらしかったイサクにも、やがて老いの日が訪れてきた。もはや目がかすんで見えなくなり、天に召される日も遠くないことを悟ったイサクは、エサウを呼んで言った。

 「愛する子よ、お前はどこに行ったのか」

 「ここにおります」

 「わたしの命ももはやいくばくもない。まだ意識が確かなうちにお前を祝福しておきたい。ご苦労だが、ひとつお前の得意な弓矢をもって山野にまで出かけ、鹿の肉を取ってきて、わたしの好きな料理を作って持ってきてはくれぬか」

 イサクがこうエサウに語りかけるのを、リベカはふと耳にした。

 「いけない、いけない、神のみ意(こころ)にかなうのはエサウではなくヤコブだ。空腹を満たすだけのために家督権を売り渡したり、親の言うことも聴かずに、勝手に神の忌みきらわれる偶像崇拝者を二人も妻に迎えるような軽率なエサウ。

 ああ主よ、あなたはこのエサウの子孫をあなたの大切なご用を務める選民になさろうというのですか。教えてください。今は、一刻の猶予も許されません」

 必死になって祈り求めるリベカに対して、何の答えも返ってはこなかった。

 「主よ、主よ、この一大事の時に何も答えてくださらないとは……。一体わたしはどうしたらよいのです」

 そうなお必死に神に迫った時、突如雷鳴のように頭にひらめいた言葉があった。40年もの昔、自分の胎内で二人の子が押し合うのを見て、今からこんなことではわたしはどうなるのでしょう、と神に問うた時に返ってきた忘れもしないあの言葉である。

 二つの国民があなたの胎内にあり、
 二つの民があなたの腹から別れて出る。
 一つの民は他の民よりも強く、
 兄は弟に仕えるであろう(創世記2523)。

 リベカは瞬時にして神のご意志がどこにあるかを悟った。と同時に、祖先以来、口伝えに聞いてきたエデンの園の物語がふと心に浮かび、エバと自分とが重なり、蛇とイサクとが折り重なって見えた。

 なぜそんな想いが湧いてきたのか自分にも分からなかった。ただ巨大な龍のような形をした蛇が自分に襲いかかり、ヤコブを置き去りにしてイサクとエサウとをひとのみにしようとしているただならない気配だけを感じた。考えている暇はなかった。考える前に足が走り出していた。

 「ヤコブ、ヤコブ、ここに来なさい」

 リベカは自分でも何を言っているのか分からないほど無我夢中だった。

 (早く、早く、早くしなければ、すべては大きく裂けるほどに開かれたあの大きな蛇にのみ込まれてしまう。

 そうだ。だましてでもみんなをあの蛇から救い出さなければならない。だましてでも。だまし取るにはあまりにも大きな、宇宙全体を合わせたものよりも、さらにさらに大きな天の祝福だ。

 蛇は怒ってわたしをかみ殺そうとするだろう。かまうものか。この身一つ、死ぬのがなんだ。大詐欺師とののしられようとかまいはしない。しかし神よ、わたしのしようとすることが間違っていないでしょうね)

 リベカは決意した。

 (もうあなたの答えを待っている暇はありません。独断でやります。もしわたしのすることが間違いでしたら、そのとき即座にわたしの命を召してください……)

 「ヤコブよ、わたしの言うとおりにしなさい。あそこにいる家畜の中からやぎの子の一番良いのを二頭、すぐにわたしの所に持ってきなさい。わたしはお父さんの好みをよく知っているから、それで心をとろかしてしまうようなすてきなお料理を作ってあげよう。あなたはすぐにそれを持っていって、お父さんに食べさせておあげなさい」

 「お母さん、急にあわてて一体どういうことなんです。わたしには何がなんだかさっぱり分かりません」

 「ああそうだったね」とリベカはからからに乾き切った唇をなめ、気を鎮めるように一呼吸してから、「実はね」と、今立ち聞きしたことを逐一ヤコブに話して聞かせた。ヤコブは今父がしようとしていることに対して、燃えるような怒りを感ずると共に、またリベカの大胆な策略に戦慄(せんりつ)を感じもした。

 兄エサウは自分に家督権を譲るとあんなに何度も固く誓ったではないか。おまけに、エサウを愛しているイサクの願いをも無視して、偶像を礼拝している異邦人を妻に迎え入れた。そんなエサウを祝福して、一体どうして神のみ旨を滞りなく果たしていくことができるだろう。兄も兄なら、父も父だ……。

 「しかし、そんなことをして父をだまし切れるものでしょうか。エサウは毛深く、わたしの肌はなめらかです。触ればすぐに見破られてしまいます。そうすれば、祝福を受けるどころか、かえって呪(のろ)いを受けるのではありませんか」

 「呪いはわたしが引き受けます」

 すでに死を決意しているリベカは、顔色も変えずに言った。

 「あなたはただ、わたしの言うとおりにして、やぎの子を取ってきさえすればよいのです」

 母が何を考えているのかヤコブにはよく分からなかったが、ままよとやぎの子を取って母の前にまで連れてきた。すると母リベカは、それでイサク好みの料理を作ったうえで、「家にあった長子エサウの晴れ着を取って、弟ヤコブに着せ、また子やぎの皮を手と首のなめらかな所とにつけさせ」た(創世記271516)と聖書には記されている。

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 次回は、「イサクの祝福②」をお届けします。