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信仰の伝統
教会創立以前から文鮮明先生に侍って(88)

 家庭連合の信仰の長兄である金元弼(キム・ウォンピル)先生(1928~2010)の講話をまとめた書籍、「信仰の伝統」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
 本書を通じて神様の深い愛と文鮮明先生の心情の世界、信仰の在り方を学ぶことができます。

金元弼・著

(光言社・刊『信仰の伝統 教会創立以前から文鮮明先生に侍って』より)

第二部[講話集]生命と愛と理想を懸けて
二、祝福の原点

▲金元弼先生

祝福の原点は永遠に変わらない愛

 祝福を受ける時、皆さんは永遠なる愛の家庭をつくることを願います。ところが、自己中心的になると、サタンがいろいろなかたちを通してやって来ます。新しく祝福を受けた人に対して、参考になると思うので話します。

 最初は「ああ、いい」と言うけれども、その後、先輩の祝福後のいろいろなうわさを聞きます。また、自分のフィアンセに対して、ほかの人が「あの人は過去にこういうことがあった。こういう人であった」と話すのが耳に入ってきます。自己中心的になると、相対者よりほかの人がどんどん自分に近づいてきます。その人を見ると、大変素晴らしくハンサムに見えます。このように自己中心的に考えると、最初はちょこちょことしていたものが、次にはコントロールできないくらいに大きくなっていきます。

 地域の活動をしているときに、そこには自分の夫としてふさわしいような非常にいい人がいたとします。その人と相対者を比較して、「はあ、私のフィアンセは本当に期待できない」と、こうなっていくのです。また、過去に会ってきた人と今の相対者と比べて、昔の人のことを考えがちです。

 皆さんは、外的に見れば変わっていないけれども、サタンの目から見ると美しく見えるのです。そんなに引かれたことのない人であっても、祝福を受けると、サタンは堂々と攻めてくることがあるのです。

 普通の着物を着ている時は、そんなに美しく見えないのですけれども、結婚式に着る式服を着ると、とても美しく見えます。祝福されると、霊的に見れば、美しく見えてきます。

 自分の原点、祝福の原点に返って、常に自分をチェックすることを忘れないでほしいので、いろいろ話しています。

 私たちの中には、もちろんきれいな人も、きれいでない人もいます。しかし人間は、事故があって、そのきれいな顔が傷ついて醜くなるかもしれません。また、年を取ったら醜くなり、長く続くものではありません。

 私たちは神の愛を中心として、真の父母の愛の伝統を受け継いで、永遠に変わらない愛をもつのです。その愛は、男性は妻をお母様を愛するように愛し、女性は夫をお父様を愛するように愛し、お互いを大切にして愛するのです。

 祝福の原点から出発して、完成愛の実現をするために、いつも祝福の原点に立ち返るようにしたいものです。先生の御家庭に倣っていくことを、いつも心に置いてください。

 先生にお子様が生まれ、40日くらいたった時のことでした。先生はいつも、私たちにみ言を語られるので、家にいらっしゃらないことが多かったのです。家にいらっしゃっても、世界各国のリーダーがいろいろなことで報告し、相談し、アドバイスを受けるために来ていました。それで、先生はお子様との時間がなかなかもてませんでした。

 ちょうどその日も、ワールド・ミッション・センターでミーティングがあって、先生は出掛けなければなりませんでした。そこで先生は、車に乗ろうと玄関に出て、お子様に「お前との時間をもてなくて、本当にすまないね。しかしね、今はメンバーたちが、お父さんの話を聞きたいということで、私を待っているのだよ。それで私は、いたたまれなくて出掛けるんだよ。私のこの事情を許してくれ」と語り掛けました。そういう先生なのです。

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 次回は、「祝福の誓い」をお届けします。


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