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愛の勝利者ヤコブ 13

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「愛の勝利者ヤコブ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 どの聖書物語作者も解明し得なかったヤコブの生涯が、著者の豊かな聖書知識と想像力で、現代にも通じる人生の勝利パターンとしてリアルに再現されました。(一部、編集部が加筆・修正)

野村 健二・著

(光言社・刊『愛の勝利者ヤコブ-神の祝福と約束の成就-』より)

イサク献祭③

 それから二昼夜にわたり、アブラハムは苦悶(くもん)し抜いた。三日目の明け方になってアブラハムはふと、神がサラによって一人の男の子を授けようと言われた時、ひれ伏したまま心の中で笑っていた自分の姿を思い出した。

 そうだ、あの時はこのイサクが生まれようなどとは、夢にだに思ってはいなかった。最愛の妻サラの子ではなく、つかえめハガルによって生んだイシマエルを世継ぎにすることで満足していた自分ではなかったか。いやその前には、もはや子を得る望みはなく、わが家で生まれたしもべエリエゼルをあと継ぎにするほかないと心を定めていた自分ではなかったか。

 してみればこのイサクは夢のまた夢、100歳にもなった老齢の自分に授けられようなどとは、想像さえもしなかった奇跡の子なのだ。その子と短いひとときにせよ、共に過ごせたことを神に感謝しなければならぬ。

 しかし、……とそう思いつつも、老いの目から涙がとめどなくあふれ落ちるのを、アブラハムは抑えることができなかった。

 神よ、お許しください。確かにこのイサクは奇跡の子です。あなたの到底信じがたいご恩寵(おんちょう)によってでなければ、日の目を見ることなど考えも及ばなかったこの子です。でも、でも、……それだからこそ、わたしにはかわいくて大切でならないのです。自分の苦労して得た全財産も生命も、いやできることならこの全宇宙に代えてでも、あなたからお授かりしたこの子を守り育てていこうと、何度も何度もこの心に固く誓ったのです。

 ああイサク、もう二度と見られぬこの安らかな寝顔、つぶらなひとみ、大地を鳥のように跳びはねたこのピチピチした手足……どうして、一体どうしてこの子を私の手にかけて亡き者にしなければならないのです。

 イサク……あとはもう言葉にならず号泣するアブラハムの涙のうちにもう一つ別のもっと熱い、もっと息の止まるような悲しみのこもった涙が入り交じり、滝のように流れくだるのをアブラハムは感じた。神の涙だ。神が泣いておられる。そう直感した時、一つの稲妻のような衝撃が頭のてっぺんから足のつま先までつっ走るのを覚えた。

 「許せ、アブラハム。イサクをだれよりもいとおしく思うのはこのわたしだ。そのイサクをこんなにも大切に立派に育てあげたお前に、わたしはどれほど感謝していることか。そのイサクを殺してささげよと言うこのわたしは、なんと残酷な神か。しかしアブラハムよ、分かってくれ、それ以外に方法はないのだ。今苦しんでいるお前の何万倍も苦しんでいるのがわたしだということを分かってくれ……」。

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 次回は、「イサク献祭④」をお届けします。