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中和新聞セレクト Vol.6
家庭理想の実現

 毎週2回(火、金)、さまざまなコンテンツを配信している『中和新聞』。Blessed Life編集部が同記事のアーカイブスからおすすめのコンテンツをセレクトして皆さまに紹介します!
 第6弾は「家庭理想の実現」(家庭教育局)のシリーズを毎週水曜日(予定)にお届けします。
 同コンテンツは『中和新聞』20174月から連載中のシリーズです。

15回 子女を導ける父母となるために~夫婦一体化のポイント①

(中和新聞 2021年3月8日 通巻1442号より)

 天の願いである二世圏の復帰を進めていくためには、夫婦の一体化が鍵となります。そこで、どのようにしたら夫婦が神様の願われる形で一つになれるか、そのポイントを、蝶野知徳・家庭教育部長に解説していただきました。今回はその第1回です。(詳細は『祝福家庭』102号〈2021年秋季号〉をご参照ください)

 父母という立場は子女の存在をもって与えられたものです。神様は父母を通して子女を育まれるので、神様は子女のことを、常にその父母に教えようとされます。その意味でも、父母、つまり夫婦の一体化は、子女を導く前に、神様が切実に願っておられることだと言えます。

 にもかかわらず、夫婦が一つになることを先送りにしたまま、子女への願いだけを先だててしまうことはないでしょうか。「子女を祝福に導く」ということは、「夫婦で神様を迎えて一つになるという喜びに子女を導く」ということにほかなりません。つまり、導こうとする父母自身も、子女に願っているその実体を目指して一つになった姿(実体)に近づいていくべきだと言えます。子女は父母が願う祝福の価値の結実を、父母の関係の中にも見ようとしているのです。

 ここで、祝福を受けた夫婦(以下、祝福夫婦)が一つになるための生活のポイントを考えていきたいと思います。

➊環境の美化

 神様をお迎えする聖殿の意識をもって、部屋を美しくします。環境の美化は、家庭内の霊的な雰囲気をつくる最も大きな要素であり、住む人の心霊にも大きく影響します。神様をお迎えするためだけでなく、そのまま、一緒に住んでいる家族への「扱い」にもなります。家族を貴く思う愛です。

 整理され美しくなった部屋では、家族の会話の響きも変わります。目に映るものから心もつくられます。考えもシンプルにまとまりやすく、集中力もついてきます。夫婦一体化のための「環境づくり」としても、とても重要な要素となります。

 また、雑多に並んだ物の陰に隠れるようにして敬拝や祈祷を行うようでは、心を縦的に高めることはなかなか難しいものです。美しく整えられた部屋と祭壇があってこそ、精誠を尽くす雰囲気が生まれるのです。

 父母が一つとなって、天に侍(はべ)る喜びに満ちた礼典生活を捧げる、その雰囲気が、子女たちの神観や、信仰に対するイメージにつながっていきます。

 ですから、部屋を整理し美しくすることは、子女教育の土台であると言えます。たとえ、子女と離れて住んでいたとしても同じです。父母がまず、神様をお迎えし、天の知恵や導きを受けることのできる家庭を、父母を中心につくることが重要であると考えましょう。


❷侍り合う生活(前)

互いを貴く思って接する
 「子女を祝福に導くという目的」が、夫婦で一致していたとしても、それがそのまま夫婦一体になっているとは限りません。お互いが、祝福夫婦として、真の愛で天の願う夫婦の姿、実体になることが、すなわち「一つになること」です。

 夫婦の内面的な不一致は、「目的だけが一致した行動」の陰に隠れやすいこともあります。

 夫婦の本質的な一体化は、子女を祝福に導く取り組みの中でのみならず、いずれさまざまな形で夫婦の間で問われてくるものです。日頃から、祝福の「理想相対として貴重に思いながら愛し合う」ことを積み重ねていきましょう。

 祝福夫婦は永遠の関係です。神様が与えてくださった相対です。そのように、お互いを見詰め、接し合えれば、相対間の心情は本当に豊かなものになります。理想相対として、お互いの存在を貴く価値視して愛する関係であってこそ、神様の願いの中で一つになれるはずです。

 このようなことからも、祝福夫婦の一体化には、まず「み言」が必要です。無知からは何の情緒も生じえません。「私」の考えからは「私」が出てくるだけです。「み言」によってこそ、自分と相対者の価値、夫婦にかけられた天的な願いと恵みを確認することができます。理想相対は、お互いが愛の相対として創り合い、愛で一つになり、神的価値となる唯一・永遠の関係です。

 「私の夫婦観」「私の妻観」「私の夫観」をもって、自分を中心として見詰め、接してしまうならば、それは相手を粗末に扱っていることになります。夫婦が常にみ言に帰り、み言をもって相手の価値を確認しながら接することで、相手を貴くし、私も貴くなり、二人を結んでくださった神様をも貴くするのです。だから喜びも大きいのです。

 本当の喜びとはこのように、神様、相対、自分が共に喜べるものですが、偽りの喜びは自分だけが喜ぼうとするものです。相対という存在は、「この人を通してあなたの愛を完成させなさい」という、私に対する「天の願いの実体」です。

 そのように考えるならば、「神様が私に出会わせるために、祝福を受ける前からずっと守り、愛してくださった妻(夫)だったのだなぁ」という発見もできるのです。妻(夫)を見れば、一人の生命を生かしてきた神様の精誠が分かります。ただ単に相手を見詰めるのでなく、神様の精誠という観点から相手を見詰めるべきなのです。

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 次回は、「子女を導ける父母となる②」をお届けします。

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