https://www.kogensha.jp

愛の勝利者ヤコブ 7

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「愛の勝利者ヤコブ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 どの聖書物語作者も解明し得なかったヤコブの生涯が、著者の豊かな聖書知識と想像力で、現代にも通じる人生の勝利パターンとしてリアルに再現されました。(一部、編集部が加筆・修正)

野村 健二・著

(光言社・刊『愛の勝利者ヤコブ-神の祝福と約束の成就-』より)

天地の祝福と献祭①

 さて、ロトがソドムに移り住むようになった頃、ソドム、ゴモラのほか三つの町を支配下においていたケダラオメル大王に対して、この五つの町の王が同盟を結んで謀叛を起こした。ケダラオメル大王は、彼と連合していた三王と共にそれらの弾圧にかかった。

 その結果、ソドム、ゴモラは大敗し、財産はことごとく略奪され、町民も捕虜となって引かれていった。ロトも同様、一族もろとも捕虜となり、すんでのことに奴隸にされるところであった。

 運よくそこから一人の男が脱出し、マムレのアブラム(のちのアブラハム)の所に急を伝えた。アブラムは時を移さず、近隣にあって同盟を結んでいた人々の応援を頼むとともに、自ら訓練した家の子、318人を引き連れて夜討ちをかけてケダラオメル大王の軍を敗走させ、ダマスコの北、ホバまで彼らを追い散らし、ロトの一族を全部救出したという。この聖書の記述から見ると、アブラムは武勇、軍略にかけても非凡な人であったようである。

 こうして凱旋(がいせん)してくるアブラムを迎えるため、ソドム王と共に、サレム(のちのエルサレム)の王であり大祭司であるメルキゼデクがシャベの谷(王の谷の意)まで来て、パンとぶどう酒をもってアブラムを祝福し、「願わくは天地の主なるいと高き神が、アブラムを祝福されるように」(創世記1419)と祈った。

 アブラムはそれに感謝して自分のすべての持ち物の十分の一をささげた。これがその後、イスラエル民族の今日に至るまでの伝統となっている「十分の一献金」の起こりであるといわれる。このメルキゼデクはほかの町の人々とは異なり、創造主のみを拝していた高潔な大祭司であったらしい。

 彼はのちに、新約聖書の中でも最も深い神の秘義を記した神秘の書として名高いヘブル人への手紙の中で、このように記されている。

 「その幕の内(迷える人々の魂を安全にし不動にするため、神がアブラハムに対して誓われた救いの約束の比喩)に、イエスは、永遠にメルキゼデクに等しい大祭司として、わたしたちのためにさきがけとなって、はいられた」(ヘブル620

 イエスの偉大さをユダヤ人に理解させるため、比較として挙げられたほどの人であるから、よほどの傑物であったに相違ない。

 さらにアブラムは、敵から奪い返してきたすべての人と財物とをソドム王にことごとく返してやった。これはソドム王がまことの神を拝さないので、その所有に属するけがれたものと一切かかわりを待ちたくなかったからだともいわれる(*1)。

 いずれにせよ、このようにしてアブラムは、「地」を代表するメルキゼデクからの祝福を受けることにより、地から神の祝福を受けるに足る人物であると公認される立場に立ったわけである。


*
注:
1)小出正吾『旧約聖書物語(全)』、審美社、47

---

 次回は、「天地の祝福と献祭②」をお届けします。