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信仰と「哲学」110
希望の哲学(24)
宗教的実存として過ごした「清平」

神保 房雄

 「信仰と『哲学』」は、神保房雄という一人の男性が信仰を通じて「悩みの哲学」から「希望の哲学」へとたどる、人生の道のりを証しするお話です。同連載は、隔週、月曜日配信予定です。

 宗教的実存として生きるとは、「置かれた場所で咲きなさい」という渡辺和子氏の勧めを生き抜くことであると思います。

 以前紹介しましたが、渡辺和子氏(1927年生まれ)は、9歳の時、「二・二六事件」で父の渡辺錠太郎を目の前で暗殺されるという体験を持っていました。
 和子は長じてノートルダム修道女会に入り、その後ボストン・カレッジ大学院を卒業。ノートルダム清心女子大学学長を経て同学園理事長を歴任し、201612月に死去しています。

 アブラハムにとってイサク献祭は、「絶望」の頂点です。その場に臨む決断は、完全に自己を否定すること、「死ぬ」ということでした。
 宗教的実存を生きるにおいては、まず与えられた「機会・環境」、それも困難な環境を受け入れることから始まります。「置かれた場所で咲く」との決断です。
 それは他力と自力の融合と言えるでしょう。重要なことは他力か自力かではなく、他力なくして自力は実らないという理解であると思います。

 私が参加した、3年前(201910月から11月)の韓国・清平での40日間修練は、与えられたものでした。それは自ら計画して準備して臨んだものではなかったのです。同時に、その期間は自分にとって、アブラハムのイサク献祭に比べればあまりに次元が低いものの、ささやかな「死の決断」を伴うものでした。

▲韓国・清平

 それまでの職場を辞して経済的にも不安定な状況でした。体調も良好とは言えず、特に鉛筆や万年筆でうまく文字が書けない状態でした。おそらくパソコンでの仕事が過多となり、腕から手先にかけて何らかの病的状態になっていたのだと思います。もし試験などがあっても答案用紙に文字を記入できなかったでしょう。
 そして何よりも清平で行われている役事に対して理解の度合いは浅く、集中できないと思われました。とても万全な状態で臨む40日間ではなかったのです。

 まさに「与えられた機会であり環境」でした。そこに自らの決断で自身を投じるのはあらゆる自分の「虚飾」が剥がされることを覚悟することでした。
 虚飾の自分が他の人々や環境との間に築いてきた、これまでの関係性を断つのです。それがすなわち「死の覚悟」でした。
 その場は、完全に一人の男性として、「アダム」として天の父母様(神様)の前に立つことを意味していました。

 この期間(40日間)に与えられた恩恵=他力は言葉で表すことは難しいのですが、天の父母様は「生きて今ここに共におられる」との霊的な純粋経験(西田幾多郎)でした。