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中和新聞セレクト Vol.6
家庭理想の実現

 毎週2回(火、金)、さまざまなコンテンツを配信している『中和新聞』。Blessed Life編集部が同記事のアーカイブスからおすすめのコンテンツをセレクトして皆さまに紹介します!
 第6弾は「家庭理想の実現」(家庭教育局)のシリーズを毎週水曜日(予定)にお届けします。
 同コンテンツは『中和新聞』20174月から連載中のシリーズです。

5回 乳幼児を持つ親の教育について(前編)

(中和新聞 2018年12月7日 通巻1119号より)

 本シリーズでは、天一国時代の家庭理想実現に向け、家庭教育局の方針や取り組みを解説します。今回は蝶野知徳・家庭教育部長の講座「乳幼児を持つ親の教育について」の前編をお届けします。この内容は、「親子が一体となって孝情を育む」をテーマにして開催された、第19回「全国成和子女教育者研修会」(201862628日、一心特別教育院)で、成和子女部長や乳幼児・小学生の教育に携わる父母らに語られたものです。(詳細は『世界家庭』20188月号をご参照ください)

■祝福から逆算して見えた乳幼児期の過ごし方
 私は現場で、「子女教育の情報が多過ぎて、何から手をつけたらよいか分からない」「学ぶことが多くて、実践する力が湧かない」という声を父母たちからよく聞きました。中には、「教会の子女教育は理想論だ」と、教会から発信される情報に対して客観的になっている場合もあります。そして、最初から一般的な価値観に基づく理論で子女教育を進めようとするのです。

 一般で行われている子供の能力を引き出す教育や習い事は、知識を深め、自信をもたせるうえで良いことだと思います。ただ、どんなに優秀な子供であっても、宗教的な価値観や感性、情操面を意識して育てなければ、子女自身が現実的な面にばかり価値を置く子になってしまいます。そうなると、祝福適齢期になって難しい問題が生じるのです。

 祝福は、結婚することがゴールではなく、祝福家庭として出発し、自らが信仰生活をして、神様が願われる家庭を築いていくことが前提となります。宗教的な価値観や感性が育まれていなければ、たとえ、祝福を受けて家庭を出発したとしても、「信仰が重要だ」とは思えません。

 そのような背景から、「乳幼児期に何をしたらよいのか、何が重要なのか」というテーマについて、祝福から逆算して考えてみました。すると、これまでの発想とは全く違う観点から、乳幼児期の過ごし方のポイントが見えてきたのです。

 家庭をもったばかりの夫婦や乳幼児を持つ若い夫婦が大切にすべきポイントは、「家がきれい」「喜びの中で訓読や敬拝をする」「夫婦が侍り合う」の3つです。これらの内容を実践できていないことが、子供が信仰的に難しくなる家庭にほぼ共通することでもあるのです。このポイントを習慣化すれば、あれこれ言わなくても、ほとんどの子供は自ら信仰生活を行うようになり、祝福に向かうことが分かってきました。

 これは家庭教育の“核”のようなものなので、祝福家庭として三世、四世へと家系が続く“鉄則”と言えます。また、子供が成長しても変わることのない親としての姿勢でもあります。

■親が家をきれいにする習慣を身につける
 当たり前ですが、「家がきれい」なことが大切です。単に衛生的というだけではなく、「神様をお迎えするため」という意識が重要です。このことが、“親自身”の中で習慣化されているかがポイントです。

 部屋の美化は、親自身の心の整理に通じます。心を清くして神様をお迎えするように、家をきれいにすることで、神様を愛し、夫婦で愛を育み、子女を愛する環境をつくるのです。

 「家がきれい」なことが乳幼児教育と何の関係があるのか疑問に思う人がいるかもしれませんが、親がつくる環境は、子供に対する“扱い”を反映しています。「家を汚くしている」ということは、「あなたは神の子よ。でも、こういう汚い環境で暮らしなさい」と言っているようなものです。

 雑然とした家で育った子供は、「自分をごみのように扱っている」と霊的に感じるのです。お母さんがいつも掃除をし、きれいにしていると、部屋にいるだけで親の愛を感じます。手作り弁当に感じる愛と同じです。心を込めて作った弁当を食べる子供は、親の愛を味わっているのです。

 親が一生懸命「愛の言葉かけ」をしても、ごみの中で育てられた子供は、どう思うでしょうか? それが盲点でした。子供が小さいときから、親自身が家をきれいにする習慣を身につける努力が必要だったのです。

■家庭祭壇を整え、喜んで敬拝や訓読を捧げる
 次に「家庭祭壇をきちんと整え、天を慕って喜んで敬拝・訓読を捧げる」ことが大切です。

 父母が朝の敬拝や訓読を嫌々していたり、眠くてつらそうな姿で行ったりすると、幼児ぐらいになれば、「そんなに苦痛で嫌なら、やめたらいいのに」と思うそうです。

 また子供は、「親には言えないが、絶対に信仰は嫌だ」という気持ちを抱くのです。

 夫婦が祭壇の前に立つとき、厳粛な中にも神様に侍る喜びがあふれていれば、子供に良い影響を与えます。さらに父母が仲むつまじい姿であれば、子供たちは自然に集まってきます。そのような雰囲気づくりが大切です。

 乳幼児を持つ若い父母は特に、その雰囲気を早急につくることが大切です。夫婦が祭壇を前にして一つになり、神様に侍る姿を通して、親が神様を愛していることが伝わります。そして子供は、「そこに神様がおられる」と悟るのです。

 それによって「神様から両親へと注がれる愛が、自分にも流れているのだなあ」と自然に感じるようになり、神様への情が育まれていきます。

 礼拝や講義で「原理」を教える前に、心で「原理」を理解することができる土台が必要です。子供が大きくなってから生活の習慣を変えるのは想像以上に難しいので、子供が幼いときから努力することが大切です。(後編に続く)

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 次回は、「乳幼児を持つ親の教育(後)」をお届けします。

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