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続・日本統一運動史 20
真の御父様、65年二度目の御来日

 真の父母様が「母の国」である日本に向けて語られたみ言や、教会員たちの涙の証しなど、「続・日本統一運動史」では、1965年以降の「知らなかった」エピソードをお届けします!
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歴史編纂委員会・編著

(光言社・刊『日本統一運動史~文鮮明先生御夫妻と日本の統一教会および統一運動の歩み』より)

第四章 真の御父母様との一体化時代
三、真の御父様、65年二度目の御来日(1965. 9. 2910. 10
 世界を巡回された真の御父様は、北・南米、ヨーロッパ、アフリカ、中近東、インド、東南アジア、香港、中華民国を経て、9月29日に日本に寄られ、多くの御言を語られ、10月10日に韓国に帰国されました。

(1)羽田に到着(1965. 9. 29)
 1965年929日、真の御父様御一行は大阪で入国手続きを済ませ、国内線で午後445分、羽田空港に到着されました。

▲羽田空港にて

2)世界路程御帰還歓迎式典(1965. 9. 29、本部教会・礼拝堂)
 午後520分、松涛町の新東京本部教会に到着され、540分から礼拝堂において世界路程御帰還歓迎式典が行われました。

1. 御言(9. 29)
 「今、現世において、裕福な人々をその有力な環境を捨てて、人類愛に燃え立たしめ、いかなるところにも我が身を犠牲にして我は行く、そういう人が、そういう動きが必要な世界を切々と感じました。しかし、そういう中流以上の人たちは動き得る力を持っていない。動けないその者たちに対して、我々は動けるような燃料を補ってやらなければ羽田空港にてければならない。その反対に中流階級以下の人たちは、悲惨な飢え、いろいろな惨めな立場にあって、しかも何ら一つの新しい目的観念も持たないし、進もうとしても進んでいける力を持っていない、そういう民族の多いことがわかりました。

 この時に共産党はこれを利用して、ある期間は自分たちが闘争の対象として戦いの中に入れることはできるかも知れないが、永続的に彼らを誘って全世界を救い得るには、力のないことをつくづく感じました。そこでこの飢える者、悲惨なるその国民に対して、ここに火をつけ、勇気をつけて、その立場、時代において、新しい自分たちはいかなる境地へでも行って全うすることができる…、あるいは上流階級に対して訴えるような動きが起これば、その動きこそ最後の世界において、非常な動きとなる…。

 こういう段階におきまして、我々はこの全世界に今後果たし得る、授け得るあるものを持たなければならない。その境地を越えていくには…多くの蕩減条件・犠牲が必要なのである。真なる犠牲、自分の利益を中心とした犠牲ではなく、全体が利益になる犠牲に向かって全体の勝利、全体の価値、全体の利益に向かって 、自分一個人を犠牲にする…群れたち…。…その個人の集まりの家庭、あるいは氏族、民族あるいは国家が必要である。」(抜粋)

▲松涛町の本部教会にて

(3)和動会(1965. 9. 30
1. 御言(9. 30

 「地上界を正して神の悲しみの責任を持つような信仰…。そうなって神の心情がわからないというならば、先生は首をやろう。… 心情世界をいかにして建設するか。復帰路程は僕から…。そこから出発する。だから我々は父母の心情をもって涙と汗と血をもって、僕の体をもって奉仕する。そうでしょう。そして神の心情が生まれてくる。…

 天国は最初失敗した者たちを集めて慰める所ではない。最高の悪に対しての勝利者を集めて、それを誉め讃える所が天国である。わかりますか? 今までの信仰観念とは根本的に違う。そういう信仰が我々に必要だ。…

 日本がエバ国家として世界的に尽くさなければならない使命は何か。いくら何と言っても服従したら勝利である。100パーセント占領されれば100パーセント勝利する。接ぎ木するのにも3年かかる。男女合わせて一つにすれば7年かかる。男と女が会ってその日から良いということはない。食うのも話すのも見るのも聞くのも皆違うんだよ。会うと同時に等しくなるのではないんですよ。完全に愛し合えば完全に一つになる。…それで完全なプラスに対して、完全なマイナスとなれば一つになる。…そこまで君たちに原理は説明していないよ。先生の説明だ。…

 先生は疲れたときでも寝なくとも済んでいる。そうなるのに10年以上かかるよ。時間になると腹が減るに違いないのだけれど、腹が減らない。我々は世界で一番大きい戦争をするという、そういう自覚をする。日本によって世界が左右に移動し得る実態を体験する境地に入れば、眠りも支配し得る。空腹も支配し得る。それが問題ではない。明日には死刑台にのぼる。しかし君はこの一晩ちょっとでも眠らなかったら、それを避けることができるといえば、君は眠るかい? だから皆、まだ真剣じゃない。先生は何をやるにも真剣にやる。それが専門のように考える。…

 心情というのは話せば簡単だが、難しいものだ。それを少しでも味わってみた以上は、進まなければ心安らかでない。…そういう人間を造ろうというのが統一教会です。…天的心情と一致できる、そういう境地に入れば世界は目の中に入っちゃう。心の中は広いですよ。だから、その中から神様を見れば神様は友達ですよ。…先生、言葉に心を込めると夜もわからなくなる。」(抜粋)

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 次回は、「聖日礼拝/和動会」をお届けします。

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