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新 堕落性の構造 28

 現代人に不幸を招来する「心のゆがみ」。そんな悩みの尽きないテーマをズバッと解説! 人間堕落の根源からその原因を究明している一冊です。毎週木曜日配信(予定)でお届けします。

阿部 正寿・著

(光言社・刊『こう解ける! 人生問題~新 堕落性の構造』より)

9 二重生活の偽悪主義者

◉仮面の下は臆病な魂
 大体偽悪ぶる人は、繊細で傷つきやすい魂の持ち主が多いのです。むしろ、そういう自分を守るために偽悪ぶったポーズをとって別の自分をつくり出すのです。

 マージャンや賭け事が好きでもないのに、「お前は固いやつだ、つきあいにくい」といわれるのがイヤで、無理に精を出している人もいます。本人はそんな時間をもっと読書をしたり、思索にふけったりして真実に生きたいのですが、非情な浮き世で感じやすい魂を守るために、貝殻のように別の自分を分泌して生きる、悲しきピエロになってしまうのです。

 大言壮語したり、強がりをいう人ほど、心は悲しいことが多いのです。しかし、周囲は外見だけで判断しますから、今さら「自分はそうでない」と言っても、だれも分かってくれません。自分と人をだまして生きてきた、むくいだといえます。それがプロ化したのが落語家や漫才師でしょう。いくら当人が真面目になっても、周囲のほうでそれを引きずり下ろしてしまわないと納得しなくなるのです。職業のためならそれもいいのですが、人生はもっと真実に生きたいものです。余計なことにエネルギーを使いながら生きることは、全くシンドイことです。

 それと、偽悪は一種の自己防衛の手段にもなっています。他人に対して自分を実際以下に悪く見せかけておくことによって、自分では「実際はそれより上なのだ」と考えることによって安心するのです。そして、他人ともつきあっていくうちに、次第に相手が「思ったよりなかなか立派な人じゃないか」と、自分を発見してくれるというひそかな期待があるのです。裏返せば、つきあううちに悪いところが出てくるということは、偽悪家には耐えられないのです。

 偽善は、どうせ化けの皮がはがれていくのですが、それを平気でやれる人はきっと楽天家に違いありません。それに対して偽悪家は、心配性でそんなことはできないのです。とにかく、偽悪家は、賑(にぎ)やかな仮面の下に臆病な魂を隠して生きる、悲しき存在なのです。

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 次回は、「不信から生じた副作用」をお届けします。


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